ぐるぐる眼鏡 | ナノ
女神の心はつかめぬが、

キラの入浴をジョニーが儀式だといいだした。

収穫祭のように、これまでのキラの仕事の成果に感謝をし、今後の仕事の成果をはかどらせるための儀式。ジョニーがそう考えるのは無理もなかった。ジョニーがキラ信者であるということも一つの理由にはあるのだが、確かにキラは入浴後には必ず仕事の処理スピードが上がっているのだ。常日頃からの睡眠の量が足りていないのかそれとも入浴中の睡眠の質がとてもよすぎるからなのかはよくわからないが、とにかくそうらしい。

普段だったら「ふーん」とか「あっそ」程度に流しているところだが、今回はそうもいかいない。その儀式とやらには俺が重要な役割を果たしているのである。迷惑もいいところだ。

その重要な役割、というのが。

「女神の帰還だ・・・!!」

「これからも恵みを・・・!!」

キラを姫抱きして帰還すること。ちなみに、後ろにキラの眼鏡をもったリナを従えて(リナは従えてという言い方が気にいった様子)(理由は俺がリナを従えるのではなくて、キラがリナを従えるという意味にリナがとっているから)。

毎度毎度、科学班のこの反応にはあきれさせられる。いい年をした大人どもが一回り二回りもしたの子供を崇めているのだから。

今日も俺はキラをゆっくり椅子へ腰かけさせる。すかさずリナが眼鏡をキラにかける。

「今日もありがとうございます。」

キラはアンドロイドの電池が入ったように目を覚ます。俺が教団にいればほとんど毎日のように儀式(馬鹿馬鹿しい)をしているからもう俺もキラも慣れてしまった。

キラはいつものようにデスクの上に置かれた夕食を取る。俺が毎回用意している。入浴時間を取る代わりに食堂に行って食事をとる時間を少しでも短縮させるためだ。これは儀式に入っているわけではない。ただリナが俺に押し付けるのでそうしている。

「そろそろ誰か雇うべきだな。」

俺は皮肉交じりにそういった。キラはさらさらと何かの解析を済ませながら、俺の皮肉に真正直に返す。

「大丈夫です。雇わずとも神田ユウ、リナリー・リー、コナー・スミスが私に必要なことの世話をしてくれているので。」

「は?」

思わぬ返答だった。ていうかコナー・スミスて誰だ。

「食事をコナー・スミス、入浴をリナリー・リー、その後の私の運搬と食事を神田ユウに手伝ってもらい感謝しています。」

キラは完璧に世話されているようだ。俺含む。

「で、コナー・スミスって誰だ。」

「約二か月前に黒の教団へと入団し、本部で活動する探索部隊(ファインダー)です。」

「詳しい説明。」

「25歳、男性。身長176センチメートル。入団経緯は6歳年下の妹をAKUMAに、」

「そいつがお前の世話する理由は。」

「私の薬が彼の命を助ける結果になったことでしょう。」

その話を聞いてようやくぴんときた。この間キラに対して号泣し汚い汁をなすりつけて帰ったやつだ。それがきっかけで俺はキラを姫抱きするようになったのだ。

「そいつはすすんでお前の下僕になったんだな。」

「下僕という言葉はあまり好ましくありませんね。彼はボランティアです。」

「どうだか。あいつ、お前にならこき使われても良さそうだったぜ。」

探索部隊の号泣した姿を思い出し俺は鼻で笑った。キラがさらさらと動かしていたペンを置いて俺を見る。

「コナー・スミスに嫉妬をするのであれば、彼に世話はもういいと伝えますが。」

「嫉妬?何言ってんだ。」

「神田ユウの性格はすでに分析済みです。今のあなたの言動は典型的な嫉妬です。」

俺は笑い飛ばす。誰もコナー・スミスに嫉妬などしていない。ただの探索部隊になぜ嫉妬をせねばならないのか。

「認めようが認めまいがかまいません。」

キラはペンを持ち直して、仕事を再開させた。俺は自分が嫉妬していると思われるのが癪で、しばらく何かをキラに言ってやろうとしたがこいつを納得させるほどの論理的な言葉が思いつかず、しばらく苛々とキラの作業を見ていた。

「神田、大丈夫よ。」

どこかへ行ったと思っていたリナがキラの机にコーヒーを置きながら俺に言った。

「何がだよ。」

「コナーに嫉妬する必要がないってこと。」

リナはからかうように笑った。話、聞いてたのかこいつ。

「誰も嫉妬なんかしてねえ。」

「素直じゃないんだから。」

リナは芝居がかった風に俺の肩に手を乗せた。

「一つ面白いこと教えてあげる。」

リナは俺に手招きして、キラから聞こえないところにまで俺を連れていった。

「キラ、コナーに食事のお世話させてるけど、神田みたいに仲間だとは思ってないみたい。」

思い出し笑いか何か、リナが急にふふふと笑う。

「一度ね、神田のいないときにキラをお風呂に入らせたの。そのあと、コナーがキラをお姫様抱っこしようとしたのね。でもキラ、コナーがお姫様抱っこしようとしたら、目を覚ましたの。それで自分で歩いて科学班に戻ったわ。あとでキラに、いつもお姫様抱っこされている時目が覚めているかどうか聞いたら、キラ、『神田ユウの時はぐっすりなんですが、他の人物だとそうもいかないようです。』だって。」

ふふふ、とリナがもう一度笑う。それから俺を見上げる。その目は、さあどうする、どういう反応を見せてくれる、と問いかけていて、俺は顔を背けた。

「それとね、神田がお姫様抱っこした後にだけキラは仕事の効率がよくなるの、知ってた?」

リナはさらに追い打ちをかけてきた。俺は眉間に皺を寄せて、歯を食いしばり、表情を引き締めた。なかなか難しかった。とてつもない喜びの嵐が心の中で巻き起こって、俺の体の仕組みをぐちゃぐちゃにし、制御を奪った。俺は自分の体が持ち上がっていくような感覚を感じ取っていた。

「キラって、神田のこと仲間だって思ってるのかしら。それとも仲間以上、かしら。」

こいつに何も悟らせぬよう努めたはずだったが、やはり幼少期から一緒にいるリナにはかなわなかった。リナは俺がキラに感じている曖昧な感情を見透かして、恋愛へと昇華させようとあおってきやがった。

俺はリナの視線から逃げるように科学班を後にした。

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