ぐるぐる眼鏡 | ナノ
人は人、神は神、仲間は仲間

なんとなく、科学班へと足を運ぶ機会が増えた。
最近の任務が少しばかり荒っぽく、団服の破れでジョニーに補正や新調をさせに行ったり、キラが薬を改良したためにもう一度百の質問を行わなければならなかったり、俺の六幻のメンテナンスだったりと、任務から帰るたびに科学班に寄っていたせいだ。キラは仕事絶頂期のような目覚ましい変化を俺に見せなくはなったが、それでもジョニーの話によると俺が来ると少し調子がよくなるらしい。

「たぶん、キラは神田を何かしらで認めた仲間だと思ってるんじゃないかな。」

今日、俺はジョニーに団服を新調してもらうために科学班へきていた。今月二度目の団服新調である。

「仲間?」

「うん。キラって仕事好きだし、仕事ができる人のこと好きみたい。神田は任務の実績高いし、そういう意味で仕事ができると思ってるんじゃないかな。」

「あっそ。」

「やっぱ興味なしだね。」

「仲間とか、どーでもいい。」

「キラはそうじゃないみたいだけどね。」

ほら、といわれてキラの方を見ると、キラと目が合った。わざわざ仕事から顔を上げているとは珍しい。一度目を合わせてからはすぐに仕事に戻ったが。

「キラって、結構人間関係大切にしてるから、神田とあいさつしたいんじゃないかな。」

ジョニー、お前はキラという名の動物の博士か何かか。キラのことを話すとき、まるで動物園の飼育員が、動物の行動を説明しているようなそんな口ぶりだ。

「やっぱり少し成長してたよ神田。採寸は終わり。だからキラのところに行ってあげて。」

俺はジョニーに言われるまま、キラのところへと向かう。キラは俺が近くへと行くと、今度は顔を上げなかったが、こんにちはとあいさつをしてきた。

「任務お疲れ様です。最近はAKUMAの動きが活発ですから、どのエクソシストもあなたのようにお疲れです。」

「そうか。」

「まあ、神田ユウほどの荒っぽい任務ではありませんが。」

「お前がエクソシストの赴任先を決めているのか。」

「いえ。個人の実力、シンクロ率、性格に合わせた提案はしますが、決定をするのはコムイ・リー室長やもっと上の中央庁の方です。ですが、そうですね、ほとんどの場合私の意見が通ります。」

「そうか。」

喜んでいいのか、悪いのか分からなかった。実力を認められているのはわかったが、そのせいで任務のきつさは他のエクソシストより上だ。

「・・・あ。」

その時キラが奴から聞いたことのない声を出した。ミスを発見した、そんな声だ。

「この数式・・・全部、間違ってました。」

「「「っっっ!!!!???」」」

キラは普通の声量だったが、科学班中がキラへ一斉に視線を集めた。

「キラが・・・」

「女神が・・・」

「あの、いつも正しいキラが・・・」

「「「間違えた!!!???」」」

どうやら今まで一度もキラは間違いをしたことがないらしい。まさかそこまでキラの仕事ぶりが神がかっていたとは思わなかった俺は、ぼうっと間違った数式を見下ろすキラを見た。
キラは数秒固まったあと、それからすぐに「仕方ないですね。」と言って紙をくしゃくしゃにして、ごみ箱に捨てた。ごみ箱の中に、紙のくずはその一つだけで、他は消しゴムのくずや付箋紙しか入っていなかった。しかもその消しくずや付箋紙はごみ箱の半分を埋め尽くしている。きっとキラのことだから、ごみ箱がいっぱいになるまできちんとごみ箱を使い、それからごみを捨てるつもりだったのだろう。ここに来てからまだ一度も捨てていないのではないだろうか。たった一つの紙くずは、余計キラのはじめての間違いを強調していた。

「皆さん驚いているようですが、私も人間ですから間違えますよ。」

キラは全員の反応を無視することなく、そうコメントを入れてから、新しい紙にすらすらと数式を書きだした。科学班員はキラの間違いへの衝撃が抜けていないようで、まだキラを見つめている。

キラは調子を崩していないようには見えたが、ほんの少しだけ落ち込んでいる気がした。

「期待通りにはいかないというものです。仕方がありません。」

キラが今度は俺だけに聞こえる程度の声でつぶやいた。そこで俺は気が付く。キラは周囲の期待を一身に受けて、間違いを侵すことに少なからず恐れを抱いていたのだと。大人顔負けの仕事ぶりで忘れていたが、こいつは俺より四歳年下なのだ。

俺は自然とキラの頭に手を置いていた。今度は、キラの調子をよくさせるためだとか、そんなコムイからの根回しがあったからではない。本当に自分がしたかったことだった。
キラは俺の手が頭に乗ったことで、一瞬ペンを止めたが、またペンを走らせはじめる。

「お前は、よくやってる。十四で、よくやってる。」

よくやっている以外何か言えず、キラの頭を少し撫でる。キラは顔を真っ赤にして俺を見上げ、笑った。泣き出しそうな、でもとても嬉しそうな口元だ。瓶底のせいで目は見えないが、つぼみが開くような笑顔だった。

こうやって、笑顔の時が一番彼女が年相応で、彼女らしい姿だと、俺は思った。

いくら仕事が好きだからと行ったって、仕事は仕事だ。キラは仕事による成果で認めてもらいたかったのだと思う。承認を得ることが、本当はすごく好きなのかもしれない。
科学班の奴らは、きちんとキラを認めた。しかしそれは少しキラの願ったものではなかったのかもしれない。あまりにも神だなんだとあがめすぎて、キラを対等な一人として認めれていなかったのだから。キラが求めていたのはきっと、対等な承認だ。

「神田ユウ。あなたも、よくやっています。あなたも、十八で、よくやっています。」

キラは俺の承認を、俺に対する承認で返した。対等な人間として、認め合う。仲間、という言葉がこのとき俺の脳裏をよぎった。

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