雷が落ちた翌日からラビはめっきりと来なくなったらしく、ジョニーが上機嫌なところを俺は目撃した。どうやらキラは怒りを発散させたおかげでいつも以上に仕事をはかどらせているらしい。雷ののちには空は快晴らしい。
俺には関係ないことだと思いつつ科学班の事情を耳に入れていたら、キラの快晴には、俺も少なからず関係しているらしいという話を聴いた。一体なぜかはわからない。雷が落ちた日から一度も奴とは会っていないのだから。
別にキラが調子が良かろうが悪かろうが俺に直接の関わりがないので、俺は気にも留めていなかった。
「キラくんのところに寄ってくれるかい?」
しかしキラの調子を科学班一同で気にかけているようで、コムイから直々にそのような要請があった。キラの仕事を捗らせ続けて欲しいようだ。
「なんで俺が奴のとこに行ったら仕事がはかどるんだよ。」
「打てる手は打っておきたいだけだよ。」
これはエクソシスト全員のためでもあるんだとコムイは説明する。
「とりあえず行きゃいいんだな。」
「うん。」
「で、俺はキラに何をしに行くんだ。」
キラとそれほど親しいわけでもないので、何か会いに行く口実を俺は要求した。
「そうだね、うん。じゃあこの報告書でいいんじゃない?」
探索部隊からの報告書のようだ。俺はそれを受け取り、すぐさま科学班フロアへ向かった。俺はさっさと済ませてしまいたかった。
科学班フロアはいつも通り、少しばかり疲れた雰囲気が漂っている。しかしいつもよりかは薄いようだ。きっと奴のおかげだろうと俺はキラを見た。キラだけは生き生きと仕事を通常の2倍の速度で行っている。少しばかり科学班の疲れた雰囲気を緩和しているようだ。奴の意気揚々さと仕事振りの両方によって。
「神田ユウ。」
キラは俺が科学班エリアへと足を踏み入れると俺に気がつき顔を上げた。すぐに顔を仕事の方へと戻したが、一瞬のあの表情は、喜びだった。今まで一度もあそこまで口角が上がっているのを見たことがない。今まで見たことがあるのは無機質なものか怒りのものだ。というか今まであいつは、誰にだって一度も顔を上げたことはないのではないだろうか。いつも誰かの来訪に気付きながらも目を合わせず仕事をしながら相手の用件を聞く。これが俺だけなのかどうかはわからないが、もしも俺だけだったら確かに俺が何かしら奴の仕事の何かに貢献したのだろう。
俺はキラのデスクまで行き報告書を奴に見せた。
「探索部隊からの報告書だ。」
「机の右下端へお願いします。」
キラはもう一度俺を見上げて、少し微笑んでから言った。温かさの度合いが違う。今までの冷たくも熱くもない温度が春の暖かさになっていた。
またしても仕事から顔を上げたことと春の陽気の笑顔に目を見開き俺は固まった。瓶底をしているので効果は八割落ちだが、それでも衝撃は強い。もしもこいつが眼鏡をしていなかったら俺はきっと驚きで石化から一生解かれなかっただろう。
「神田ユウ、」
報告書を置いた後どうやって奴の仕事をはかどらせればいいのか考えを巡らせていた俺にキラが呼びかける。
「なんだ。」
「あの百の質問、有難うございます。」
キラが、仕事愛好者のキラが手を止めて俺に向き直った。俺は心で驚き頭で納得していた。どうやらキラの空の雲を押しやったのは俺の薬の調査に関する回答だったらしい。
「薬の改善に大いに役に立ちます。」
「そうか。」
俺はすでに忘れさろうかしていたところだったので、気の無い返事しかできない。
「仕事捗っているみたいだな。」
「はい。神田ユウのおかげです。最初は私を馬鹿にしているのかと思いましたが、質問への返答という形のフィードバックで、神田ユウが私を対等に見て私の仕事を評価してくれているとわかったので満足です。」
「・・・そう、か。」
そこまで深く考えて質問に答えたわけではなかったので、キラの有難ぶりに俺はなんと返したらいいかわからない。
「では、私は仕事に戻ります。」
「ああ。」
俺は奴の仕事を少しでも捗らせなければいけないので、これが助けになるかはわからないが、一応俺らしくないことを付け足した。
「頑張れよ。」
キラは仕事に戻る前に目を見開いて俺を見、それから頬を少し染めて嬉しそうにでも少しくすぐったそうに笑った。
瓶底をかけているのに、八割落ちなのに、一瞬俺はどきりとした。
それから二週間、キラの仕事がはかどり続けたそうだ。俺はその間三週間の任務へと行き、帰ってきた頃には、キラはまた無機質な奴に戻っていた。
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