ラビの話だ。
熱し易く冷め易い、それが奴の特徴だと思っていた。いや、熱し易く冷め易いというよりあいつは相手に本当の意味で踏み込むことも踏み込ませることもさせないような奴だ。一目惚れなど、ただ相手の懐に入り込むための手段にすぎないのだと俺は思っていた。
そんなラビが現在、一人の女へアピールをしているそうだ。
ここでキラを想像することは難くない。おそらく二週間ほど前のことだったか奴の素顔をみた兎は真っ先に恋に落ちた。一目惚れなど日常茶飯事のラビのことだからと、俺は別に気にも留めていなかった。どうせすぐ冷める。しかし実際はそうではなかったというのが事実である。
その噂の真偽については本当なのだろうと端から思っていたのだが、実際に見たときにその事実をきちんと実感した。
「なあ、いつか休みある?」
「おそらく三か月後かと。」
「嘘つき―、コムイはいつでもって言ってたさ。」
任務から帰ってきて、この様子をみた俺は違和感に顔をしかめそうになった。キラとラビの様子の差の計り知れなさが異様だったのだ。
二人の調子の差は言わずもがなである。何かしら明るく能天気な様子を見せるラビに対し、淡々と機械のキラ。本来ならば二人は同レベルで話せるほど頭が切れるはずの人間だが、会話のレベルは低めだ。もしラビがキラの気をひきたいのであれば、奴の頭の中にある何かしらを引き出して話せば成功するだろうに、だ。そのくらいすぐに頭の中で計算できそうなラビに違和感。
さらには見た目とでも言おうか、そこに大きな差がある。こんなことは言いたくないがラビはそれなりに顔だちが良い方だ。背も高く、派手な見た目をしている。それに対しキラは、素顔はよいものの、普段の姿は瓶底である。全体的に短いが前髪だけ長めで重く、髪はぼさぼさと気を遣っている様子もなく、見た目は白衣の下に枯れ葉色のシャツと黒のズボンだ。全くと言っていいほど自分の見た目を気にしない。ロシア人にしては珍しいということも付け加えておこう。
「私の予定では三か月後です。おそらくそのころには私の欲求不満に限界が来ますので。」
「ん?どういう意味さ。」
「説明が長くなるので割愛します。」
そういえばあの大規模な科学班員の休暇のあと、キラもきっかりと一日休みをとったらしい。科学班フロアにある、以前はジョニー用だった、通称"お疲れカウチ"に横たわってきっかり二十四時間寝ていただけらしいが。
「神田ユウ。要件は。」
二人の様子が奇妙すぎて要件を伝えるのを忘れていた。俺は手に持った紙の束をキラへと寄越した。
「あとで読んでおけ。」
中身は、以前キラが開発した薬に関する報告。百の質問が大半である。ラビに俺の事情を知られるのが嫌だったため、わざと何についての紙の束なのかを説明しなかった。
「わかりました。」
キラもそれを察して、紙の束を自分の引き出しの中へとしまい込んだ。
「なんさ?」
「報告書です。ブックマンJr.は心配する必要ありません。」
「いーじゃん、気になるさ。」
「教団の極秘事項ほどではありませんが、少なからず個人情報が絡んでいることが予想されるので拒否します。」
「ユウとだけの秘密なんでずるくね?」
「では報告書を呼んだのち、問題のない点だけをお教えします。」
「それでも結局秘密は秘密のままじゃんかー。」
「そうです。鋭いですね。」
名前を呼ばれたとき、睨みつけてやったら、軽くごめんとジェスチャーで謝られた。最近、だんだんと奴の態度がぞんざいになっている。そろそろもとに戻さなくてはいけない。
「なあなあ俺とも秘密つくらねぇ?」
「必要性がないのでお断りします。」
こいつらの会話は途切れることがないようだ。一度たりともラビを見上げぬキラの様子が、少し苛立っているように見えた。以前見たキラの執筆の速さは、もう少し早かった気がする。ラビがこいつの仕事を邪魔しているせいだろう。
「神田、神田、」
ジョニーに手招きをされて、そちらの方へ行く。ジョニーはキラのことが心配なようだ。
「ねえ、ラビをそろそろどこかへ連れてってくれない?」
「そんなの、お前がすればいいだろ。」
「言ったんだよ、でもしばらくしたらまた戻ってきちゃうし。」
俺よりもキラを見続けてきているジョニーによると、キラは大分苛立ちを我慢しているらしい。
「キラの仕事がはかどらないと、俺らも困るし。それに科学班の仕事がはかどらないとエクソシストを任務に派遣する場所の判断も鈍るし。」
確かに科学班がエクソシストの任務に関して重要な役割を果たしていることを否定できない。仕方がない、と俺はため息をつく。わかったというとジョニーから感謝の言葉が述べられた。
「それならせめて仕事の手を休めて、俺とお話でもしてほしいさ。」
「現在は仕事が最優先事項です。」
「仕事仕事って、仕事ばっかじゃつまんないさ。」
まさにその時、不穏な会話が聞こえ、俺とジョニーは目をむく。あ、とジョニーがつぶやいた。
「・・・・・・」
キラが無言で仕事の手を止め、立ち上がった。俺はキラが何をするのか見守ることしかできない。キラは立ち上がってすら小さな身長だった。ラビの方へと顔を上げ、キラはつぶやく。
「計36枚の書類、つまり2時間13分15秒の時間です。」
「え?」
「今日1日の私の仕事の遅れです。」
「えっと・・・」
「つまり私が言いたいことはこうです。」
キラは大きく息を吸い、握った拳を震わせていった。
「Оставь меня в покое!!」
後にこれは、天からの雷と呼ばれることになる。
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