追憶の錬金術師 | ナノ


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「あ、おはよ。」

今日は午後から軍の命令による仕事をするために、僕は朝から司令部にきていた。エドワードとアルフォンスはどっかの生体練成に詳しい国家錬金術師のところにいくとか言っていたから会うはずがないだろうと思っていたけれど、彼らは司令部のハボック少尉に送迎をしてもらっているみたいで、ちょうど司令部で会った。

「おう。」

「おはよう。」

エドワードとアルフォンスに続き、リザさんたちもおはようと僕に声をかけてくれた。

「仕事は午後からじゃないのか?」

大佐は挨拶の代わりに質問である。

「午前中は暇だから、なんか僕に手伝えることはないかと思ってきたんだよ。」

「ああ、そうだな、それはありがたい。」

「いつもケイトは仕事を手伝ってるの?」

ガシャリと音を立てて首をかしげたアルフォンスに僕はうなずいた。

「うん、雑用とか。」

「何言ってるの。書類まで手伝ってくれてすごく助かってるのよ。」

リザさんは書類を整理しながら微笑んだ。美人な上に微笑むと僕でさえどきりとしてしまいそうだ。

「そ、そういうお世辞はいいから、リザさん早く僕にも手伝えそうな書類くれよ。」

僕は焦って若干どもりつつ言った。褒められると悪い気はしないけど照れる。
くすくすとリザさんが僕をおかしそうに笑って、書類を手渡した。

「じゃ、大将たち。俺たちも行くとするか。」

ハボック少尉が口に次のタバコを咥えて執務室のドアのほうへとゆったり歩みを進めていく。まだタバコには火をつけていない。外に出てからつけるのだろう。彼は僕がいるときはタバコを吸わないよう気をつけてくれる。
僕はタバコの煙が大っ嫌いなのだ。

「おう。」

エドワードとアルフォンスは先に外へと出て行ったハボック少尉に続いて行った。

若干賑やかさがなくなった部屋で、みんなそれぞれの仕事に取り掛かった。



*


僕のお腹が仕事の時間が近づいていることを教えてくれた。

「僕、そろそろ仕事いって来ます。」

大佐の無駄に広いデスクの端を使って手伝いをしていた僕は、今まで取り掛かっていた書類をそろえ、大佐の近くのほうにおいてから立ち上がる。

「そうか。てっきり昼食をとるのかと思ったよ。」

僕のおなかの音を聞いていた大佐が、からかったのかどうか分からない口調で言った。

「ご飯食べてから行ってくるつもり。」

「そうか。」

とりあえず無難に答えたら、大佐の反応からしてどうやらからかったのではなかったようだ。

「こっちには戻ってくるの?」

「うん。グラマン中将に報告しに。もしなんか手伝うこと残ってたら手伝うよ。」

リザさんが僕の書類の下に書類を重ねるついでに聞く。僕はコートを羽織りつつうなずいた。

「じゃあ、いってくるね。」

執務室にいる面々の近くを通るたびに温かくいってらっしゃいといってもらいながら僕は仕事に向かった。


僕の仕事というのは、仕事とかっこよく言っているもののやはり軍においては"手伝い"の領域にあるようなものである。仕事とは違い、軍からは研究費用以外で一銭も受け取らない。民間からも仕事を請けていて、研究もかねてということで無償であるから、こちらも一銭も受け取らない。だから手伝いという領域のようなものの中にある。

今回は軍から請けた仕事というわけで、これから向かうのは刑務所である。
軍関連の僕の仕事で多いのは、犯罪に関係する容疑者の取調べの手伝いだ。今日もそうである。今回は容疑者が容疑の否認を続けており、そして証拠も状況証拠ばかりで確証が得られないということで僕が呼ばれた。

「よろしくお願いします。」

刑務所につくと、今まで取調べを担当していた憲兵が出迎えてくれた。

「こちらこそよろしくお願いします。」

僕は一応愛想のいい笑顔を浮かべて会釈する。

「こちらです。」

憲兵に丁寧に導かれるまま、僕は刑務所内へと入った。
取調室には憲兵と僕、それから記録係でもう一人の憲兵がいた。僕はドアの近くに立つようにといわれたのでその通りにした。まだ容疑者はきていない。叩いたら大きな音が響きそうな金属が使われた机にはまだ誰も座っていなかった。

「では、容疑者を連れてきます。」

僕を連れてきた憲兵が、僕を取調室に入れた後いったん退出する。僕は無言でうなずき見送った。
取り調べ室内は僕と記録係以外だれもいないのでしんと静まりかえった。記録係はメモ用紙と正規の用紙の種類わけをしたり、万年筆の書き具合やインクの残量などをしっかりと確認したりしている。仕事熱心なんだなあと呆れ半分感心半分。僕はそんな念入りには準備したりしないから余計感心する。僕は臨機応変が多いから、記録係みたいには用意周到にはできない。
記録係は、次に服装を整え始めた。上着のボタンがしっかりとついているか確かめ、それからしわを伸ばす。そして軽く腰を上げてズボンを引っ張ってしわを伸ばす。それから毛玉とりを取り出して服をきれいにしだした。
これは、用意周到なのではなくて、潔癖なのではないかと僕が思い始めたころ、ようやく記録係は身だしなみを整え終わった。

僕はその一部始終をずっと見ていた。外に出た憲兵がなかなか帰ってこなかったし、暇つぶしの道具なんて一つも持ち合わせていないので何もすることがなかったのだ。だから記録係という動くものを見続けるほかなかった。

すると、今まで僕の方に目もくれなかった記録係がこちらを向いた。
びくりと体を強張らせた僕に対し、彼は意地の悪い笑みをここぞとばかりに浮かべる。いったい、なんの意味があるのかとつい疑ってしまう。
身構えると記録係の口が開いた。

「記憶の調子はどう?国家錬金術師様ー?」

「あんた、なんで知って・・・!」

口調も口調だが、内容も内容で僕は驚いた。なんなんだこの記録係は、ただもんじゃないなと身構える。
まだ憲兵は戻ってこないのかとドアをちらりとみやるとそれを記録係にすぐに悟られた。

「憲兵は戻ってこないよ。もともとそういう手はずだったし。」

どうやらこの記録係、洞察力がいいらしい。そもそも記録係かどうかがもはや怪しいが。

「声かけてくれないかなーとか待ってたのに、なーんにも声かけてくれないからこっちから声かけることにしたよ。」

彼は立ち上がると、靴音を響かせながら僕の周りを歩き出す。依然笑みを浮かべたまま、こちらの精神を削り取るように僕を見つめている。

「それで、さっきの質問に答えてよ。記憶の調子はどう?」

僕の顎を下からするりと撫でる手をぱしりと払って、僕は言った。

「さあ。」

「ふーん、」

さして興味もなかったようにもとれる、気の無い返事を彼はした。まるで、ダラダラと世間話をしているかのようであった。

「やっぱ、追憶の錬金術師でも難しいんだ。」

「人の脳はまだ未知の領域が多いし。」

「ふーん、」

いったい彼は、何が言いたいのか。遠回しな探りの入れ方が気に食わない。

「何が言いたいんだよ。」

「別に。君のこと知りたいだけさ。」

「僕と初対面だろうが。」

「んー、まあ僕は君のこと知ってるんだけどなあ。」

「ストーカーかっつーの。」

「冷たいなあ。」

傷つくわけではなく、むしろ楽しむようにのらりくらりと僕の棘のある言葉をかわしていく。
まるで僕で遊ばれているみたいなのを感じて、苛立って来る。

「目的があるなら、はっきりさせろよ。」

僕はもう一度、聞いてみた。彼との無意味な会話に我慢の限界が近づいていた。
彼はやはりそういうところの観察力があり、「そうだなぁ」と考える振りだけをして見せてから、ようやく口にした。

「もう、僕もこれ飽きて来たし、聞こうかな。」

今まで身に纏っていたふざけた雰囲気を脱ぎ去り新しく身に纏ったのは仄暗く妖しげなものであった。

「君の記憶がなかなか戻らないのは、研究が進んでいないだけじゃないとみているんだ、僕は。」

「・・・・」

「君、本当はこれできるんだろ?」

彼は両手をぱしりと合わせると、適当に机にその手をつく。
僕はこの動作の意味がわかる。見て来たからというのもあるし、試してみたこともある。

「僕は、それが何を意味するのかは知っているけれど、残念。できないよ。」

今度は、彼に変わって僕がのらりくらりとする番だった。

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