追憶の錬金術師 | ナノ


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「ケイトの錬金術の仕組みってどういうの?」

図書館から軍の宿舎のほうへと移り、そこの食堂でご飯を食べながら僕らはしゃべっていた。アルフォンスは今はおなかがすいていないらしく、食べているのは僕とエドワード。アルフォンスは話をするために同席をしているという感じだ。
話題は主に錬金術の話だ。彼らは少しでもいろいろな錬金術の知識を取り入れて自分たちのものにしたいっていう意欲がすごい。今にも机から身を乗り出しそうだ。

「まず、記憶の仕組みについてだけど。そこらへんは分かる?」

ただ僕ばかりがしゃべるのはつらいからはじめは質問してみることにした。
エドワードが最初に答える。

「えーっとあれだろ?短期記憶っていうのと長期記憶って言うのがあって確か短期記憶を繰り返すと長期記憶になるっていう・・・」

「うん。その短期記憶から詳しく説明するよ。まず、ある神経器官を何回も刺激すると記憶する細胞の神経間の情報伝達が盛んになるんだ。そのあとしばらくその状態が続く。それが短期記憶の仕組み。20秒から三週間くらいは記憶が持つ。
で、これを繰り返すと長期記憶が出来上がるんだ。」

さすが錬金術師兄弟。以前友達に話したときはちんぷんかんぷんって顔してたのに、この兄弟はふむふむと相槌までうってくれる。

「じゃあどうやってケイトはそれを錬金術に応用してるの?」

「僕は、記憶力の増幅、記憶を可視化させること、それから記憶を消すことが得意なんだけど・・・
まず、記憶力の増幅についてなんだけど、正確に言えば短期記憶の繰り返しを増幅させているっていう感じかな。長期記憶って言うのは、ただ短時間で何回も短期記憶を繰り返せばいいわけじゃなくて、時間を置いて何度も思い出したりすることで見につくんだよ。僕はそれを早める手伝いみたいなのをしているんだ。」

「えーっと、じゃあ置いておく時間を短くするとか?」

「アルフォンス、あたり!僕は錬金術で脳に信号を送って錯覚させてやってるんだ。実際は置いた時間は短くても、脳の中じゃ1分くらいで一週間くらいたってると錯覚してる。後は覚えようとする人の意思で勝手に反復して長期記憶の完成。」

「そんなことができるのかよ・・・」

「でもこれ、扱いには要注意なんだ。一応効果は一時間しか持続しないようにしてるけど、もし誰かが何も知らずにこの技術を応用して効果を一時間以上に伸ばしたら・・・」

「「・・・のばしたら?」」

僕は一度スプーンを置いてエドワードとアルフォンスに顔を近づけた。

「記憶する前の長期記憶が、超過した分だけ食われてく。」

「「食っ!?」」

「自覚がないときもあれば、激しい頭痛に襲われて気絶とかもある。いずれにせよ記憶がなくなってしまったって気づくのは睡眠後。"食う"っていう表現が正しいんだ、あれは。」

こんな感じ、と僕はパンを二人の目の前でばくりと食べてみせる。一枚のパンがもともとあった長期記憶、僕が食べたところが超過した分。上書きをされるとかそういうわけではなく、ただただ食われていく。

「・・・お前、体験したことあんの?」

「まあね。それで試行錯誤の末、たどり着いたのが一時間。」

「もしかして、それで僕たちのこと・・・?」

「いやあ、ちがうちがう!こっちにもいろいろ事情があるんだよ。」

「(・・・で、その事情は話してくれないわけか。)・・・ふーん・・」

エドワードが食事を一口ほお張って、食べ物と今聞いたことの両方をよく噛んで飲み込んだ。

と。

「って!その説明なしに俺に使ったな!」

がたんと音を立てて立ち上がったエドワードは口の中のものが外に飛び出るのもかまわずに僕に噛み付くように怒鳴った。
きったね、と僕はそのかすが自分の食事にかからないように防御する。

「今、一時間は安全だって僕言ったよな?」

「個人差があるだろうが個人差が!」

「あのなあ、そこもちゃーんと計算のうちに入れて一時間ってーのは割り出してあるに決まってるだろ?落ち着け。」

「そうだよ兄さん落ち着いて。」

「落ち着けるか!自分の記憶が食われるところだったんだぞ!」

アルフォンスに諭されてもエドワードは声を張り続ける。わめけば良いってもんじゃないだろ、と小さい声で文句を言ってやる。まあたぶん聞こえてない。
まるで子供だ。アルフォンスと比べて違いがありすぎる。アルフォンスのほうが兄貴でもよさそうだ。

僕はめんどくさいなと思いつつテーブルに頬杖をつき、お子ちゃまを落ち着かせるために僕は説明を入れることにした。

「僕の脳の限界は二時間半だよ。個人差が加わるとしてもプラスマイナス10分から20分。記憶増幅の時間制限は一時間。十分個人差を考えてある。」

「でもよ、」

「ちょっと待て。まだ話は終わってない。エドワード、お前は意識してないだろうけど、お前はあの男の生体錬成の話を一言も違うことなく暗唱できるはずだ。いったん思い浮かべてみ?」

エドワードは訝しげな様子だ。僕は彼に早く早くと促す。エドワードは半信半疑で左斜め上を向いて記憶をたどり始め、それから金色の瞳が目玉焼きみたいに見えるくらいに目を見開いた。

「・・・全部覚えてる・・・!」

「まだ僕に文句言う気なら、記憶消してやるからな?、って聞いちゃいない。」

「すげえ!やっと実感わいてきたぜ!」

興奮しているエドワードをアルフォンスと僕で、はいはい、と流して席に着かせた。

「じゃ、次の説明に行くよ。次は記憶の可視化についてだよ。」

「それ、あれだろ?空気中の水分を集めてなんか自分が相手に伝えたい記憶を見せてたやつ。」

「まあ、あれは見てればなんとなく分かったかな。なんか説明しなくても分かってくれそうな雰囲気だ。」

エドワードの推測は?と僕が首をかしげて聞いてみるとエドワードはちょっと自信ありげに芝居がかった咳払いをした。

「まず、さっきの記憶増幅の説明だけど脳に信号を送るっていったよな。それって脳の中では情報の伝達は信号で行われてるってことだ。ということは脳だって信号を発しているんじゃないか?で、その信号を錬金術で拾って空気中の水に作用させる。みたいな。」

どうかな、と話し終えて口の中が乾いたのか水を飲んでからエドワードは言った。

「ほぼ完璧。補足として付け加えるとすればそれが使えるのは本人だけってこと。あと、正確に言えば錬金術は信号の一つ一つに錬成陣を書き込んでるみたいなもんで、それが後から来た信号によって発動して空気中の水分に命令を与えてるんだ。」

「二つの信号が組み合わさらないと発動しないってこと?」

簡潔にまとめられたアルフォンスの説明に僕は頷いた。

「うん。でも二つの信号が組み合わさるのにそこまで時間差はないし、そもそも今何個信号が発せられているかなんて認識のしようがないから、一つとして捉えてて問題はないよ。」

これでやっと二個目の説明が終わった。
僕は少し乾いた口内を湿らす程度に口に水を含んだ。この兄弟に話すとどんどん掘り下げようとしてしまうからついつい長話になってしまう。

「よし、これが最後。記憶を消す錬金術についてだ。」

話し込んでいるせいでなかなか減らない食事と食堂の食器洗い担当の若い子の目線をちらちら感じながら僕は話を始めた。

「この錬金術が一番危険なんだ。」

これが一番重要なことだから、と僕は口調を固くしていった。

「これは、結構簡単だけど、すごく危ないよ。」

僕はもう一度水を口に流し込んだ。記憶を消すことに関しては多少僕の中には恐怖とか不安があったりするから、落ち着くためになにか動いて気を紛らわせておきたいのだ。
水を一気に飲み終えて、僕は一呼吸置いてから話を再開させた。

「だから、相手の合意なしにはやっちゃいけないし。」

「なんだよ、もったいぶんな。」

「エドワードがせっかちなんだろ。
記憶を消すなんて重要なことなんだから慎重にならざるをえないのはわかってるだろうが。」

「で、なんなんだよ。」

「脳の記憶を分解してしまうんだ。錬金術の三つの過程を使ってね。そうすれば、どのくらいの期間分解するかは調節しやすいんだ。」

「それって、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃなければやらないに決まってるだろ。ただ、そうなら記憶の物質はなんなのかっていう話になるんだけど、そこが大変なところで、僕にもわかっていないところでもある。なんか、偶然見つけたっていう感じだな。今はそれを解明する研究をしてるんだ。僕の仮説では、情報間の伝達が盛んになってる交通路みたいなところを壊しているというのを立てて今は研究してるよ。」

「結構難しいことやってんだな・・・」

エドワードがそういうので、僕はそんなことないよとちょっと苦笑した。自分で研究したいから研究しているのだし。

「だからケイトは"追憶"の錬金術師なんだね。」

僕はアルフォンスの言葉に頷いた。

「まだまだ記憶については・・・というか人間の脳については未知の領域だから、そういう意味では追いかけてるよ。」

そのとき、ごほん、とちょっと咳込む音が聞こえた。そちら見てみれば 皿洗いの若い子が腕組みをして待っている。

「っと・・・睨まれ始めたな。まだ記憶については話すことたくさんあるけど、また今度。実はほかにもできることがあるんだ。」

僕はご飯をかきこんで、一気にコップの水を飲み干した。

「もう、女の子なんだからもうちょっと落ち着いてよ。」

「僕はそこまで自分が女らしい女だとは思ってないよ。
そういや、君らはあとどんくらいここに滞在する予定なの?」

「俺たちは・・・まあ大佐に紹介してもらってる生体錬成に詳しい国家錬金術師がいるから、その人の研究について知るまではいるかな。いつまでかはわかんね。一昨日から行ってんだ。」

「ふーん・・・じゃあ、僕は一週間くらいは滞在してるから、それより前に発つとき言ってよ。そんとき教えるから。」

「わかった。さんきゅ。」

「ん。じゃ、お先ー。」

僕は食べ終わった食器を持っていって、うんざりした表情の食器洗いの子に手渡してからこれから一週間滞在する部屋へと帰った。

部屋へ帰ると手早く寝る準備を済ませて、だいぶ早めに眠った。


*



その夜、途中で喉の渇きを覚えて目を覚ました僕は、水を飲むために部屋を出て水飲み場まで歩いていった。
水飲み場には、二脚長椅子がある。みんなそこに座ってちょっと会話して行く。知り合いでも知り合いでなくても、休憩がてらとか、淋しいからとか、そういう理由でだ。
今日はエドワードとアルフォンスがいた。二人は小さい声で喋っていたけれど、よく響く。

「ねえ、兄さんはどう思ってる?」

「どうって・・・なんか複雑だな。性格なんか大幅に違った。」

「でも、見た目はまったく変わらないね。ちょっと大人っぽくなった位だ。」

「ああ。」

僕の話をしていた。そっと影から姿を覗いて見る。長椅子に隣り合って座る巨大な鎧と小さな金髪。左側に座っているエドワードは赤いコートを脱いでいてそのしたに隠れていた左腕の機械鎧が見えた。東部の内乱でなくしたと大佐は言っていたけれど、エドワードの錬金術の技量とあれが意味するものは、十分知っている。

「・・・なんで、俺たちのこと覚えてないんだろうな。」

エドワードがポツリとつぶやいた。後姿しか見えなくて、どんな表情をしているかわからない。けれどその声音は残念そうにしぼんでいた。

「僕も、そう思うよ。」

アルフォンスの声音も、エドワードと同じものだ。

その二人の声とその意味を想像すると、みぞおちあたりに嫌なものがうごめいた。自分の過去に対する嫌悪のちからと、それとは正反対に過去を欲するちからの衝突。それらは交じり合い、反発し合い、腹の中を乱暴に駆け回って僕をぐちゃぐちゃにかき乱す。

僕はたまらず何かに当り散らしたい気持ちになって、でもそんなことをしたらエドワードたちに気づかれてしまうから、急いで自分の部屋へと帰った。

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