追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 3 pieces

記憶を失っているため、男は一度軍に保護されることになった。大総統の後ろに控えていた憲兵たちが丁寧な態度で男を連れて行った。

「なんか・・・あっけなかったな。」

エドワードが僕の隣で男を見送りながらつぶやくように言った。僕は憲兵がドアを閉めるまでは、と何とか我慢するのに精一杯で返事なんかできなかった。

最後の憲兵が、後ろ手でドアを閉めていく。それから足音が完全に聞こえなくなるのをまってしゃがみこんだ。

「どうした?」

エドワードもしゃがみ、僕の顔を覗き込もうとする。僕はその顔に左の手のひらを押し付けてやった。

「ぶっ!・・・なにすんだよ!」

エドワードが転げる。そのあとすばやい瞬発力で立ち上がって僕に対して怒った。

「見るなチビ。」

「だれがチビかくぉら!!」

「お前だよ、エドワード・エルリック。」

「てんめ、女だからって俺が手ぇ出せないとでも思ってんのか!」

「手なんか出したところで、どうせ僕にやられるのがおちさ。」

僕は息を吐き出して立ち上がった。いつもの調子が戻ってくる。そういえば、最近は体を動かしてなかったな、どうせならこの流れに乗ってこう、と僕はエドワードに挑戦的な笑みとエドワードをぷっつんさせる言葉を送りつけた。

「なんならやるかい?最小国家錬金術師さん。」

「最年少だ!!」

エドワードは完全に切れて、コンクリートの地面を蹴って僕のほうへ向かってきた。




*




「・・・なにをやってるんだね君達は。」

大佐のところへと戻ってきた僕らは互いに上着が裂けてたりコンクリートで顔を擦った跡があった。

「・・・僕の勝ちだった。」

傷の多さはどちらかというと僕のほうが多い。でもエドワードが食らったこぶしは僕より多かったし、常に僕が優勢だったから結果僕の勝ちだ。だから僕は事実をぽつりと大佐に述べた。
しかしエドワードは納得していない。

「・・・あれはドローだったろーが。」

疲れているから声を張る気力がないのかエドワードは噛み付いては来なかった。

「エドワードが降参って言わなかっただけだろ。」

「俺はお前に油断させといただけだ。」

「ふざけんな。僕は力の半分も出してなかったんだぞ。」

「なっ・・・俺は力の四分の一しか出してなかった。」

「よく言う。途中から機械鎧の右手で本気で殴ってきてたくせに。みろ、この殴られた跡の痣。お前のほうにはこんなあざついてるか?」

僕は左腕を見せてみる。ほかにもあるんだぞということを暗に示すために左のわき腹のところもぽんぽんと軽くたたいて見せて、痛がるそぶりをしておいた。

「・・・・・」

「ほら、僕の勝ちじゃないか。」

ふん、と僕は勝ち誇って鼻を鳴らした。
大佐の目の前で、大佐を置いて僕たちは言い合いをしていたから、大佐はちょっとイラついた様子で「そろそろいいかね。」といってきた。僕らはやっと気がついて大佐のほうを向く。僕とエドワードが話し始めると回りを置いてけぼりにしてしまうようだ。

「で、どうだったんだ。」

僕は大まかな内容を伝えた。もちろん、大総統に言うなと緘口令をしかれた内容については触れない。

「あの男から聞き出せたことは?」

もちろん大佐は触れてきた。僕は顔をつんと引き締めてちょっと斜め上を見上げて答えた。

「言えませーん。」

「ほう・・・誰の命令だ?」

「え、それって誰からか言っていいの?」

「さあな。私にはわからん。」

「じゃあ言わないでおく。エドワードも言うなよ。」

「おう。」

大佐は悔しそうに顔を歪めた。ざまーみろと思ったりする。

「まあいい。それなら君のわがままを聞くという約束も無効だからな。」

「は!?僕、ちゃんと働いてきたのに!」

ざまーみろと思ってたしっぺ返しはすぐに来た。今度は僕が悔しがる番だったとは。

結局利益があったのはエドワードだけだった。

「ずるいな。エドワードだけ得して。」

東方司令部から出て、エドワードが会わせたい奴がいるというので、ついて行きながらエドワードに向かって悪態をついた。エドワードを責めているわけじゃないというのは雰囲気でわかったようで、相槌を打つようにエドワードは言葉を返す。

「俺のほうを後回しにしときゃ話が聞けたってのにな。」

「別にいいさ。手がかりはつかめてる。ちょうど僕も一度調べてみようと思ってたこととも関連してるんだ。」

「ふーん・・・」

「でもやっぱ惜しいことしたかなー。あとちょっとのとこだったのに。」

「あそこで諦めてなかったらあの人確実に殺されてただろ。」

「そう考えると、やっぱあの選択がベストだよな。」

「そうだな。」

エドワードは、気だるげに僕に賛同した。何かを考えているみたいで斜め上を見ている。

「そういやエドワード、お前僕をどこに連れてく気だよ。」

「あれ、行き先教えてなかったっけ?」

「教えてないよ。」

「実は俺の弟にあわせようと思っててさ。今あいつ、図書館にいるからそこに向かってるんだ。」

「弟?エドワードに?」

「・・・なんだよ。」

「いや、まったくもって兄貴っていう風格がないから、兄弟いるならてっきり末っ子かと。それに・・・」

「ちっさいゆうな!」

「まだ言ってないけど。」

「・・・・」

「馬鹿だなお前。」

エドワードを淡々といじり倒して図書館まで歩いていくことほんの数分。この図書館には軍関係の資料も多数あって東方司令部からも近いのだ。

「じゃ、俺弟呼んでくるわ!」

図書館の前で僕を待たせ、エドワードは弟を呼びに行った。図書館の前の階段に座って空を見上げてエドワードとその弟が来るのを待つ。
今日は真っ赤な夕焼け空が広がっていた。血みたいだと、大総統が光を浴びていたときはそう思っていたけれど、今はただただきれいだと感心するばかり。状況によって感じ方も変わってくるんだなということを改めて感じる。

「あら、ケイトちゃん。」

不意に光をさえぎるようにして僕の前に人が現れた。逆光でちょうど顔が暗かったが声ですぐにわかった。

「あれ、リザさんどうして此処に。」

「少し資料が必要なの。」

「大佐置いてきちゃっていいの?」

「今ね、大佐はヒューズ中佐と長電話中よ。」

「ああ・・・なるほどね。」

「ケイトちゃんは?」

「エドワードが弟つれてくるの待ってる。あわせたいんだってさ、僕に。」

「・・・聞いたわ、大佐から。エドワード君と知り合いだったみたいだって。」

「そっか。・・・でも僕なーんにも覚えてないんだ。」

僕が苦笑いするとリザさんは悲しそうに眉を下げた。

「記憶がなくても、きっと再会できたこと喜んでくれるわ。きっとエドワード君も喜んでるはずよ。」

「・・・だといいな。・・・っと、きたみたいだ。」

「あ、私もそろそろ行かないと。」

「ありがとリザさん、仕事がんばってね。」

「ええ、またね。」

リザさんはエドワード達とすれ違うときに軽く挨拶をして図書館の中へと入っていった。やっぱり本当かどうかは別として、ああいう風にちょっといい方向へ持っていってくれる言葉というのは僕に顔を上げさせてくれる。

そうやって顔を上げて斜め後ろを振り返った先にはエドワードと、そして彼とは対照的な大きな鎧の人物がいた。

「・・・うそだろ・・・」

兄弟で違いすぎる体格と身長に僕は口をあんぐりとあけた。

「悪りーな待たせて。」

エドワードは事もなげに鎧を引き連れて歩いてくる。あまりにも威圧感たっぷりな鎧は、僕にとっては恐怖以外の何物でもない。こんな兄弟っているものなのか?

「本当にケイトだ!」

鎧は図体の割りには兄貴よりも随分と高い声で僕の名前を知った感じで呼ぶ。声の感じからして、再会を喜んでいるようだ。

「紹介するよ。弟のアルフォンスだ。」

「は、じめまして・・・」

「また会えて嬉しいな。でも、本当に覚えてないんだね・・・」

僕のちょっと引き気味の態度にアルフォンスが悲しそうに言った。
ずき、とその様子が心に刺さる。自分が覚えていないことに対する寂しさだった。
今まで覚えてないことを特に嘆き悲しんだことはなかった。むしろ一度自分の人生がリセットされたように思ってたぐらいだった。だからうつむかず前を向けていた。でも今はどうしてだろう、記憶がないことがなんとなく後ろめたい。別に僕は悪いことしてないのに。

「とにかく、もう一度初めましてのやり直しだね。よろしくケイト。」

「よろしくな、アルフォンス。」

アルフォンスは優しく僕に右手を差し出した。何も気にしてないよってアピールするみたいに。僕はその優しさに救われ、そしてほんの一ミリくらい傷ついた。

「僕のこと、アルって呼んでよ。」

「あ、そうだ。俺も言い忘れてたけどエドでいいぜ。」

そういわれて、僕は少しうれしくなりそうになった。親しげな感じで呼んで良いといわれると一気に二人と親密になれるような気がしたのだ。でも、一瞬だけ過去の影が見えた気がして心の中にほんのちょっぴり嫌悪感が生まれた僕がいて。

「いや、エドワードとアルフォンスって呼ばせてもらうよ。」

僕はちょっと申し訳ないと思いつつ、でも嫌悪感を感じる呼び方で相手を呼ぶのは失礼だという意思をもってなるべく傷つけないように言った。

「どうして?」

アルフォンスが鎧をきしませながら首をかしげた。エドワードも不思議そうにしている。
傷つけないように慎重に言葉を選んでゆっくり僕は話す。

「エドとアルっていう呼び方って、僕も前そう呼んでたんだろ?
なんていうか・・・その、今と前とじゃぜんぜん僕は違うから、正直言ってやだなって。」

傷つけてはいないよな、と心配そうにエドワードとアルフォンスを見上げると、

「そっか、分かった。」

「ま、強制じゃないしな。」

二人はすごく優しい人間なんだと分かった。

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