▼ 44 pieces
アームストロング少将に指示されたからといって作る必要がないのはわかってる。
彼女はただ、僕にここで動き回る名目を与えてくれただけだ。ついでに作ってくれれば幸いとでも思っているのだろう。もしくは、貸し一つ、だから返せとでも思っているのかもしれない。等価交換というには貸しは小さいものかもしれない。
僕が苦悩しているのは、我ながら自分がクズみたいに思うけど、アームストロング少将が提示したこの可能性に、挑戦してみたいと思ってしまったからだ。これに、手を伸ばしたがる自分がいる。
理性と欲望がぶつかり合って、僕は苦悩しているのだった。
バカだなあと思う。浅ましいなあと思う。こんな自分に、嫌悪しかない。
こんなにバカだから、子宮を無くしたことを悔やんで悲しんでいるし、こんなに浅ましいから、自分の欲望に打ち勝つ勇気もない。
で、自室、兼、研究室でごろごろしながら考えてた。だってエドたちに動きが無ければ僕もそこまでやることないし。でも考えれば考えるほど、堂々巡りしていた。
不意に、僕の部屋のドアがノックされた。
だれだろう、と不思議に思いながらドアに近づく。ドア越しに、「ケイト・クウォークさん?」と男性の声が聞こえた。
少しドアを開けると、昨日みた人物がいた。白いスーツと帽子を着こなし、長髪を後ろで結んだ男性だ。ドアを開けてから帽子をとった彼は慇懃無礼な様子で笑みを見せている。昨日、レイブン中将と一緒にいた紅蓮の錬金術師だ。
「昨日はご挨拶だけでしたね」
「……はあ、そうですね」
大総統の息かかってる人が来るなんて嫌な予感しかしない。
「研究の調子はいかがですか?」
「あー、まあ、ぼちぼち……」
考えはじめてすらいなかったが。
紅蓮の錬金術師は、僕の様子をみて笑みを深める。
「少し行き詰まっているようですね。どうですか、気分転換に、私の仕事を手伝ってはいただけませんか」
昨日いたレイブン中将は一緒にはいないのか。紅蓮の錬金術師の背後を見て、彼が一人だと気づく。
「レイブン中将はどうやら砦の中で行方不明になったようで。ですので私は、大総統からの命に従って動く予定なのです」
なんだか、ものすっごく引っかかるワードのオンパレードすぎるんだけど。
「レイブン中将は探さないんですか」
「まあ、適当に誰かが探すでしょう。もっとも、すでにレイブン中将は死んでしまっている可能性もありますが」
レイブン中将、さらっと見捨てられて、しかも死んだことにされているとは、なかなかに哀れなことではないか。
本当に死んでしまったのだろうか。いくら、僕の敵側といえど人が死んだかもしれないのは気分は良くない。
「あなたはレイブン中将の下で働いているのかと」
「指示を仰ぐよう言われましたが、いなくなったら自分の好きなように動いてもよいと言われています」
この人、自分の上官が死んだのかもしれないのに、なんとも思わないのか。
でも、大人の事情には、心がしんどくても見て見ぬ振りをしたほうがよさそうだ。
「仕事の話を聞いてもいいですか」
「あなたは……まあ、いいでしょう。仕事の話は、移動しながら説明します」
「断れないんですか」
「ああ、そうですね。断る余地はないとおもいますよ」
提案しにきたんじゃなかったっけ。どういうことだ、と思ったら、その答えはすぐわかった。
エドとアルの人質は僕の人質と同義でもある。
「……なんてこった」
ぼそっと紅蓮の錬金術師の隣で呟く。聞こえていたようで、彼の目つきが暗いものに代わる。
「彼らとは別の車で移動します。その中で、詳しく説明しましょう」
僕は、こちらに気づかず、エドとアルといっしょにぎゅうぎゅう詰めになってるウィンリィを凝視しながら、紅蓮の錬金術師に連れられるまま、車に乗り込んだ。
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