追憶の錬金術師 | ナノ


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「まず、お仕事というのは傷の男の確保です」

軍用車の後部座席。隣あって座ったキンブリーは、車内のエンジン音や悪路を乗り越える音に邪魔されながらなお、優雅に喋った。

「みつけるだけでよいです。後は私がやります」

傷の男か。以前合ったのはいつだったか。まだ僕が記憶を取り戻す前だったな。

「あと、同じくドクター・マルコーも傷の男の近くにいるという情報がありまして。彼のこともお願いします」

「ドクター・マルコー?」

知った名前が出てきて、また、さらに奇妙な組み合わせに驚く。イシュバール内乱に関わって相容れないもののはずだがどんな縁で彼らは結びついたのか。

「お知り合いですか」

「一回会ったことあるっていう程度ですけど」

「では顔はわかりますね」

「それにしても不思議ですが、ドクター・マルコーはなぜ?」

「さあ。それは私にもわかりかねます」

「そうですか」

命令だから従うけど、傷の男やマルコーさんについては何がどうなっているのかさっぱりわからない。あの人は、あの小さな町で医者をやっていたはずなのに。

「最後に」

まだあったのか。
キンブリーは、僕だけに聞こえる程度に声を抑えた。

「ブリッグズに血の紋を刻みます」

ブリッグズに血とは。この言い方で思い当たるのは一つあるが、そのことだろうか。
走行音で聞こえ辛いとは思うが、僕もキンブリーにだけ聞こえる程度に声を潜めた。

「血の紋とは、あの場所で、多くの人の血を流すという意味ですか」

「そうです」

「あなたは、それを命じられてここへきた、と」

「そうです」

「僕に人を殺せ、と?」

「そうです」

「……あなたは、何者ですか」

「人間です」

「……」

あの地で人の命を失わせることを目的とした命令を受けてやってきたにしては、淡々としているキンブリーをみて、僕は少し困惑する。大総統の息がかかっている人物とはいえ、この命令に対してなにも感じることはないのか。そもそも、彼は何をどこまで知っているのか。

「あなたは、あまり感情的な方ではないようですね。この話をすると、鋼の錬金術師は声を荒げたのですが」

キンブリーは薄く笑みを浮かべた。

「あなたは、なぜ私がこのような命令を受け入れているのか、不思議なようですね? しかも、うっかりと口を滑らせてしまわなように、遠回しにこちらの様子を探ろうとしている。慎重さは大事ですが、私には不要ですよ」

「あなたは、全て承知の上で、この命令を遂行しようとしている、といいたいのですか」

「ええ。私はホムンクルス、彼らに協力している側の人間です。国土錬成陣の最後の一つを完成させるためにやってきたのです」

思わず自分の顔がゆがむ。今までこんな人間に出会ったことはない。まともな人間とは思えない。そもそもホムンクルスに喜んで手を貸すなど、まともな人間ではないのは確かか。

「あなたのメリットは?」

この男が、ホムンクルスに加担するメリットがなんら思い浮かばず、つい聞いてしまった。不老不死を手に入れたいとか、そういう話であるなら、ホーエンハイムさんのお話でも引っ張ってきて早々に諦めてもらうに越したことはないのだが。

「好奇心です」

不老不死ではなくてただの好奇心ときたか。
僕は少し面食らった。予想外の答えだ。

「普通の人間と、ホムンクルスと呼ばれる人々。どちらが勝つのかという好奇心。そして何よりも彼らは私の好きにさせてくれる。個人的なメリットはそこですね」

他人の個人的な事情はさほど気にならないが、彼が成し遂げようと画策している事はどうにかする必要がある。ブリッグズが血を見るということは、国土錬成陣が完成に近づいてしまうという問題もさることながら、戦争という惨劇が、この地に降りかかるという問題がある。いや、問題どころではない。あってはならないことだ。

「話戻しますけど、えーっと、そもそもどうやって、というのは疑問です。ブリッグズを動かすとなると、アームストロング少将は勝ち戦でなければやらないような人でしょう。勝てる見込みがないのに、侵攻するような愚策、行うわけない」

オリビエ・アームストロング少将といえばブリッグズの北壁において名将と言っても過言ではないだろう。彼女は命令ならば遂行はするだろうが勝ち戦のために時間をかけるはずだ。

「その点に関しては、もちろんですが詳しく述べる気はありません。しかしご心配なく。あえていうのならばあなたと私では前提条件が違うとだけ言っておきましょうか」

キンブリーは自身の成功を確信しているようだった。

「三つ目のお仕事はさておき、まずは傷の男とドクター・マルコーのことをよろしくお願いします。そろそろ着くようです」

キンブリーの思惑を図りかねたまま、廃坑が見え始めてきた。僕は外套の合わせ目を手繰り寄せ、軍用車を降りた。

キンブリーはマイルズ少佐と傷の男捜索方針を定め、本部待機班は屋内へ移動した。

「で、具体的に僕は何を」

寒いので、できるだけ風が入ってこない場所に陣取って、僕はキンブリーに自身の役割について尋ねた。

「あなたにはひとまず、私と共に待っていてもらいます。傷の男の目撃情報が出次第、動いていただきます」

動くとはいったいどう動くのか。

「僕の役割はなんです?」

「ここで、傷の男を捕獲する際に、少し助けになっていただこうと思います」

「具体的には?」

「あなたの、痛覚を感じなくさせる錬金術、今ここで応用していただきます」

キンブリーは意外にも僕の錬金術がどういったものがあるのか、把握していたらしい。
しかし痛覚を感じなくさせる錬金術を今ここで応用するとは。アームストロング少将から依頼された錬金術の開発についても知っているということなのか。

「アームストロング少将から聞いていますよ。、あなたが研究しようとしていること。傷の男を使って実効性を試してはいかがです?」

「は? 何いってんです。あれはまだほとんど着想段階で、今ここで応用しようとしても、成功するどころか、何が起こるか。危険でしかない」

「安全など、別に考慮する必要もないでしょう」

キンブリーの言葉に僕は驚いて言葉につまった。ヘドがでる。

「それじゃあまるで人体実験だ」

つまったものを吐き出すようにいうと、キンブリーがぴくりと眉を上げ、僕をいじめるネタでもみつけたかのように、口端を釣り上げた。

「何をさも善人のように言っているのか。あなただって散々ねずみやらなんやらで動物実験をしてきたでしょう。それに確かあなた、国家錬金術師になって最初の2年は囚人相手に自身の研究を試していましたよね」

「いまやろうとしていることと、僕のこれまでの研究は、性質が違う」

「何が違うというんです? 行っていること自体は、人体実験にほかならない」

「なっ……」

なにか言い返してやりたいのに、言葉が出なかった。心のどこかで思っていたことに鋭く切り込まれた気分だった。
キンブリーは言い返せない僕をみて、一層口元を釣り上げ歪めた。

「捜索隊から連絡がくるまで、研究するように」

キンブリーは通信機が設置されている方へ移っていった。その後姿に僕はつばを吐いた。

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