追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 2 pieces

「えっと、じゃあまずエドワードから準備を。」

「は?俺?」

「うん。この札を使うから、僕がいいよって言ったら両手で陣を触って。」

「お、おう。」

「それで、あなたはこの札を。これはあなたが使いたいときに使ってどうぞ。使い方は・・・わかりますか?」

「ああ、知っている。」

「良かった。じゃあ始めますね。」

僕の錬金術は、相手の合意と僕の作った錬成陣が書かれた札が必要になる。その札にもいろいろと種類があってきちんと使い分けないと大変なことになる。

そんな軽い説明はさておき、と僕はエドワードに向き直った。

「まず、エドワード。錬成陣にさわって。」

エドワードはうなずいて札の錬成陣に両手をついた。
青色の光が錬成陣から生まれる。そして何事もなかったかのように消えていった。

「・・・?なにか起こった感じはしないけど・・・」

「それは、記憶力を増幅させるようなものなんだ。正確にはそうじゃないけど。」

「へぇ〜・・・」

「後で実感できると思うよ。」

「じゃあ、そっちのはどういうのなんだ?」

「あっちは記憶していることを具体的に空間に映像みたいに出現させるんだ。これも結構説明すると長くなるから今はしないけど。」

「すげえ!」

ほめられて思わずにやけそうになるのを抑えながらクールにサンキュ、とだけ言っておいた。

「それじゃ、はじめましょうか。」

僕は真面目そうな顔つきをして、男に生体錬成についての話を始めるよう促した。



*



「・・・この話が、役に立つことを願っているよ。」

男はそういって話を締めくくった。エドワードは満足そうに彼にお礼を言った。

「じゃあ、次は僕が話を聞く番ですね。」

「ああ。」

あまりのんびりしている時間はないかもしれないので僕はさっと話題を切り替える。と、その前に。

「エドワード。」

「なんだ?」

「ちょっとだけ表の様子を見てきてはくれないか?もしかすると憲兵とか来てるかもしれないし。」

「・・・分かった。」

僕はエドワードを退出させた。この話にかかわるべきではないと思ったからだ。エドワードも僕の意図はなんとなく分かったようで、何も言わず退出してくれた。反発されても、後でその部分だけ記憶を消すという方法もあったが、なるべく取りたくはない方法だったから、エドワードの物分りのよさに少しだけ感謝する。

エドワードが退出するのを見届けてから、僕は男に向き直った。

「じゃあ、はじめましょうか。」

僕は二枚札を取り出した。一枚は記憶を消す錬成陣が書いてあり、もうひとつは記憶力を増幅させる錬成陣がかいてある札だ。

僕は記憶力を増幅させるほうに触れた。青く光が出て、それから何事もなかったかのように収まっていく。それをみて、男はしゃべりだした。

「まず、話し始めるのはイシュバールの内乱からだ。」

少しかすれた声が、重々しく秘密を紐解いていく。

「私は、あの内乱でイシュバールの民を殺戮したことに罪の意識を感じ、内乱後もずっと苦しみ続けてきた。国家錬金術師とは何か、自分は何のために軍に属していたのか分からなくなり、程なくしてやめた。それからはずっと自分の能力を世間へ、とりわけ社会において弱者であるものたちに尽くしてきた。
そんなあるとき、一人の男とであったのだ。」

男は僕が渡した錬成陣に両手をついた。空気中に含まれている水分が寄り集まり、小さなひとつとして成り立っていく。光の絶妙な反射によって陰影をつくり、形をさらに現実に存在するものへと近づけていった。そうして出来上がったのは片腕をなくし、ぼろぼろの軍服を着た一人の男だった。

「名前は知らない。しかし男は私と同様元国家錬金術師だった。片腕をなくし、退役したという。その男もまた、イシュバールの内乱後に失った片腕の幻肢痛や内乱の悪夢に苦しめ続けられていた。
その男から聞いた話によれば、あの内乱ではイシュバール人を使って人体実験をしていたそうなのだ。そしてイシュバール人を使い"賢者の石"も作られていた、と。男は片腕をなくしてからは賢者の石作りのための手伝いをさせられたそうだ。そして途中でマルコーという人物と一緒に賢者の石の研究から逃亡した。」

「・・・どういう、ことです・・・?」

一瞬、頭が真っ白になった気がした。男は眉尻を下げ僕を哀れむような表情でさらに語った。

「・・・賢者の石の材料は、生きた人間だったのだ。」

「・・・・惨い、惨すぎる・・」

全神経を逆撫でる悪寒に身震いする。

「・・・そんな非人道的なことが行われていたなんて、一心不乱に戦っていた私には知る由もなかった。そのときに軍に対する明らかな不満が私の中に芽生えた。
・・・考えてみればおかしな話だった。イシュバールの地を戦争で無に帰しても国家には何の利益もない。むしろ有効に活用すれば国家は繁栄できたはずなのに・・・・」

男は錬成陣から手を離し、頭を抱えた。水分によって具現化されていた記憶の映像も空気中に霧散し戻っていく。

「その男に会った日から、私は軍を調べはじめた。そして、軍のある秘密を知ってしまった。」

男は一度口を閉じた。頭を抱えた手の間から見える顔は青白く、かみ締められた唇からは今にも血がにじみ出てきそうだ。

「・・・・それは、なんなのですか。」

僕は自分を抱いて息を細く吐き出した。この話を聞くのは僕の義務なんだと言い聞かせて、男の話を待つ。

男は僕の様子にこれ以上はなしてもいいのだろうかと心配そうな目を見せたが、先を話そうと口を開いた。

「それは・・・」

そのときだ。

「ケイト!やばい、大総統がくる!」

エドワードがあわててこの部屋に入ってきた。

「っ、はあ!?」

僕は大真面目に驚いた後、どうして大総統が来たのかなど考える暇もないままとにかく話しを聞きだすことはあきらめ、男の記憶を消すことを第一優先にすることを判断した。

「もう入り口はふさいでるけど、はやくしろ!」

エドワードの言葉に僕は戸惑いつつもうなずく。片手に持っていた記憶を消す札を男の額に当てた。

「今から記憶を消します。時間がないのでどの記憶を消すか選べません。五年間分を消します。」

「ああ・・・何年でもいい、消してくれ。」

「分かりました。」

男の手は震えていた。僕がそれをみると男はもう片方の手で震えていた手を押さえつける。そして僕を見上げた。

「いいから、早くするんだ。」

お互い、額に嫌な汗を流していた。僕は男のまっすぐな瞳に後押しされて、札に書いてある錬成陣に、手を当てた。



*



「・・・記憶を消したのかね。」

「・・・はい。」

僕のまん前に大総統がいる。もちろん僕よりも背が高いので見下ろされていた。大総統は軍服をかっちりと着て、左腰には細剣を下げていた。もしこれで上着を脱いでいたら完全な臨戦態勢である。

僕の後ろにはたった今記憶を消したばかりの男とエドワードがいる。男は自分がどうしてここにいるのか記憶を消されたせいで知らないので、エドワードが順を追って説明していた。

「軍にとって不利益な情報を知っていたようだったので、記憶を消しました。殺すとなると面倒なことになると思いました。」

ほんの少しの呼吸も許されない威圧感にすんでのところで耐える。大総統はそうかと言うと一度沈黙する。

「・・・・」

えー・・・何かいってくれ。僕は心の中で必死に願っていた。

大総統の沈黙と言うのには何か重苦しいものがあったが、そんなものはこの建物の外の世界には全くもって関係のないことで。外ではカラスがないていた。限られた西側の窓から注ぐ光の赤さはちょうど大総統にだけ当たっている。その姿は鮮やかな鮮血を彷彿とさせて、彼が今までに大量の血を流す決断を下してきたことを表しているのかと思ってしまうくらいだ。

「・・・この"殺人未遂"犯を、殺しはしませんよね、大総統。」

僕は思わず聞いていた。彼を今染め上げている赤が、未来の男の血を見ているような錯覚にとらわれたからかもしれない。それだけは嫌だと瞬時に心が判断したからなのかも。

その言葉に乗って、僕は虚勢をはって大総統を睨みつけた。大総統は変わらず僕を見下ろしていた。
そんなにらみ合いはほんの少しの間だけ続いた。眼光の鋭さ威圧感ともに僕は完全に押し負けていたけれども、手負いの狼のようにがむしゃらに睨み続ける。

すると大総統がにこりと笑った。

「当たり前だろう。」

さっきまでのいかつい顔はなんだったんだ。僕は息を吐いた。

「この男は、どのくらい記憶を消したのかね?」

「えーっと、今から五年間分を消しました。」

「よろしい。ならば無罪放免としよう。」

「え?」

「記憶がないのに捕まえてしまうと言うのもおかしな話だ。殺害されそうになったものは不服だろうが、幸い軍のものだ。少し見舞いでもしてやろう。」

「はぁ・・・ありがとうございます。」

「うむ。これからも精進するが良い。」

大総統はそういうと年の割りには軽めの足取りで帰っていく。

「あ、それと。」

一、二歩くらい先に行ったところで大総統が立ち止まって僕を振り返った。
そして僕だけに聞こえるような声で最後に一言。

「・・・君の知ったことを、何人にも話すことを許さん。」

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