追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 35 pieces

怪我をした部分を見て、痛みを自覚し始める場合があるように、気づいた瞬間から、物事が始まりを迎えてしまう予感があった。

反発を起こした相容れない肉体と魂。違えば拒絶反応を起こすのは必至だ。

アルは鎧の体で何年過ごしたのだろう。眠りもしない、食べもしない、寒さも、暑さも感じない体で、どのくらいの時を、元に戻る旅に費やしたのだろう。どれくらいの時間がアルに残っているだろうか。もしアルの魂がその鎧の体から離れてしまったら、どこへ行ってしまうのだろう。アルの肉体はあるのか?どこに?もし、魂が消えてしまったらどうする?エドの右腕は?思いは?

僕でさえこんなに疑問が渦巻いて不安になるのだ。アルはもっと不安に違いなかった。
アルがいなくなるかもしれないという事実に怖くなる。

「へっへっへ、来たなラストさんよぉ。」

バリーの言葉に驚く。おそらく今会ってはいけない人物の名前が聞こえてきたからだ。

「ナンバー66。そう・・・あなたをエサにまんまと釣られたって訳ね。」

僕は気が付かれることを分かっていながらそれでも目立たぬよう微動だにしなかった。ホムンクルスとの取引をほとんど無視した場所に僕はいた。

「なぜ大佐に協力したの。」

「へっへ・・・オレぁこんな性格だ。元々おめェらの下でいつまでもこそこそと生きていくつもりは無かった。だからってシャバにでてもおめェらの影がちらついて思いきった事ができねェ。この状況を打開するためにゃおめェらがいなくなってくれるのがありがてェのよ。」

バリーが喋るにつれて、じわじわと奴からあふれる何かが高ぶっていた。

「なにより、おめェさんを斬りてェ!!」

「・・・困った男ね。」

きっと普通の女性だったら震えていたはずの状況に、もちろんラストは動じない。

「鎧くん、あなたも困った子ね、こんなところに来てしまうなんて。」

バリーのことなど気にも留めていないのか、ラストは興味の対象をアルへと移した。

「人柱候補を一晩に二人も殺さなきゃならないなんて大損失だわ。」

「『人柱』・・・!?『二人も』?」

「そう。あなたともう一人・・・」

「オレ様シカトして何をゴチャゴチャ言ってんでェ!!」

そのときバリーが走り出した。ラスト以外は、急なバリーの動きに何も反応できず、ラストはただ動じていなかった。

「続きは断末魔で聞いてやるぜラストさんよォォオオォォオ!!」

バリーの雄たけびとは打って変わって、カッ、と何かが静かに一閃した音が響き渡る。「あれ?」と痛みを感じないバリーは何が起こったのか分かっていなかった。

「うるさい男は嫌いよ。」

一瞬の静寂を打ち破って、バリーの鎧が地面に叩きつけられた。ラストは鋭利な自分の爪を伸ばしてバリーを切り刻んでしまった。
『能ある鷹は爪を隠す』
寒気とともにこのことわざがよぎった。

「さて・・・」

優雅にヒールを鳴らし、ラストがこちらに近づく。

「あなたも来ちゃって。追憶のお嬢さん。」

気配など消せるはずもなく、僕はあっさり見つかって、仕方がなくアルとリザさんと並んで立つ。

「まぁ、あなたは不可抗力よね。見逃すわ。」

またそういうことをペラペラと。見逃す理由聞かれるじゃないか。

「どういう意味?」

「あとで話す。」

「それ、取引違反よ、お嬢さん。まあ・・・どちらにせよ、話す相手はいなくなるわ。」

ラストは右手の爪を少しだけ伸ばして用意をした。

「どっちから逝く?鎧くん?やっぱりここは中尉さんかしら?あなた忠義が厚そうだものね。すぐに上司の後を追わせてあげるわよ。」

えっ、と僕はリザさんを見た。リザさんの上司なんて、思いつくのは大佐だけだ。でも大佐はここにきているはずなどない。バリーによれば、出てくるはずはないのだ。

「待って・・・『人柱を一晩に二人』と言ったわね。ケイトちゃんは見逃すって・・・それじゃあ・・・まさか、まさか・・・」

でもリザさんの様子から見て、大佐が来ているのは明らかだった。そしてラストの言葉の意味を知ったとき、僕の胃は、消えてしまったのかと思う程、瞬時に縮こまった。
ラストは、この女は、この国の将来を消してしまったというのか。

「きっ・・・さまぁあああああああ!!!!」

リザさんはその怒号とは裏腹に、弾丸を人体の急所へ正確無比に打ち込んでいった。ラストに息つく暇も与えず、弾を替え、打ち続けた。その一発すべてが、人を即死させるものだとしたら、彼女は何度ラストを殺したのだろう。数え切れない弾数だった。

「終わり?」

それでもラストは死なない。

弾がなくなったことにすら、言われるまで気が付かなかったリザさんは、憤怒の顔を震わせたあと、悲しみと絶望に暮れて、涙を流し、敵の前で膝を屈した。

「本当に愚かで弱い。悲しい生き物ね。」

ラストがリザさんを見下ろしながらそうつぶやいた。
「愚か」か「悲しい」のどちらかだと思うけれど、その言葉が僕を突き動かしたのは確かだった。

僕はアルと同じタイミングで、ラストの行く手を遮った。

「愛しい人がいる人間の何が愚かなんだ。悲しいんだ。」

「・・・あなたは見逃してあげるって言っているのに。」

「僕の命は、見逃す見逃さないとか、お前に決められて永らえてなんかいない!」

僕はラストと額が付きそうなほど近づいた。

「僕らは全員、自分の意思で生きて帰るんだ!」

僕は至近距離でラストに蹴りを食らわせた。「ぐっ」とラストのうめき声が聞こえた後、すぐに後方へ飛んでいった。

アルがすかさずリザさんに立つよう促す。

「中尉立って。逃げるんだ。」

僕はその間、普段はめったに使わない手合わせ錬成でラストを遠ざける策を講じ続けた。柱ほどの太さのものをラストめがけて何度も錬成していく。ラストは起き上がった直後からゆっくりと距離を詰めていく。これじゃあ、ただの時間稼ぎにしかならない。

「早く!!何してる!!」

アルフォンスの叱咤むなしく、リザさんは立ち上がる気配がない。大佐を失って、完全に生きる希望をなくしていた。

アルフォンスは僕とラストの様子を見て、自分も手合わせ錬成で加勢した。

「そう・・・あなた扉を開けたの・・・」

二つの柱が襲いかかっても、ラストにはなんの焦りも見られない。大佐のように防御不可能な炎があればいいのだが、大佐はもういない。
奥歯をかみしめる。この場面を切り抜けるには、僕もアルも力が足りなかった。

「残念だわ。人柱確定の人材を屠ることになるなんて。」

爪のスピードも長さも倍になって、僕らの柱は次を作る暇もないほどバラバラにされた。

間合いを詰められ、僕たちは彼女の爪で身動きを封じられた。
僕は首筋に爪を突き付けられ、アルは顎から胸にかけて爪で貫かれた。

「余計なことをしないで。見ればわかるでしょう。この女は死にたがっている。」

「僕には、関係ない。リザさん、早く立って、僕らと生きるために逃げるんだ。」

僕はリザさんに呼びかける。
彼女はようやく沈黙を破った。

「私を置いて逃げなさい。」

それは、ラストの言う通り、愛する者の後を追おうとする女の声だった。

「いやだ!」

アルが即座に切り返した。

「逃げなさい!!あなたたちだけでも!!」

リザさんはなお言い続ける。

「いやだ!」

アルはリザさんより強く、叫んだ。

「嫌なんだよ!僕のせいで・・・自分の非力のせいで人が死ぬなんてもうたくさんだ!」

僕の頭によぎったのは、ヒューズさんだった。アルにはいったい、何人の顔がよぎったのだろう。

「守れたはずの人が目の前で死んでいくのを見るのは我慢できない!!」

アルの思いを打ち砕こうとするかのように、ラストがアルの肩を切り上げた。
しかし、むしろアルの決意は鋼のように固くなっていた。
僕の決意も、固まっていた。
僕は、守りたいものを守る。するべきことをする。自分に恥じぬよう生きる。

「よくいった、アルフォンス・エルリック。」

ラストをにらみつけたとき聞こえた声は、一人の女として惚れそうなほど自信に満ち溢れていた。

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