追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 36 pieces

強い意志はいつだって無敵だと、大佐の背中が語っていた。
たとえぼろぼろになっても、立ち上がらせ、たとえ身が朽ち果てようと、残る。強い意志とはかくも強く恐ろしいほどに人を突き動かすのかと僕は魅せられたような気分だった。

この人は国を、僕らの世界を変える人だ。僕は、そう思った。

それと同時に、僕は決意した。
僕がこれからやろうとしている、記憶操作の研究。僕はそれを完成させる。ホムンクルスのためじゃない。逆に利用してやるためだ。逆転の錬成陣とともに、僕はこれを自分の武器にして立ち向かってやる。

ホムンクルスにただ従うなんて、御免だ。

そう決めてから、僕はすぐさま行動に移した。
今とにかく僕がするのは、面従腹背を貫き、陰で力を付けることなのである。だから僕はホムンクルスに従順な姿を見せた。「心臓部分に入ってしまったのは仕方がないことだから気にせず精進するといい」「取引違反をするな」というお達しに抵抗するような表情を見せつつも僕は受け入れた。手のひらを返して従順にするのも怪しまれるから、僕はただ、今までと変わらず、人質を取られているから仕方なく従っているというスタンスで従うことに決めた。

僕には研究助手という名の監視がつくことになった。資料整理を手伝ったり、僕の両手がふさがっていてメモができないとき、代わりに記録を残したりする、雑用係だ。僕のホテル以外についてくるから、僕の生活は油断ならなくなった。

これでアルとリザさんに言った「後で話す」の内容を伝えるのが難しくなったというわけである。まあ、やり方はどうとでもなる。ばれさえしなければいいのだ。ただそのためには、何か口実が欲しいところであった。

口実を待つ僕の生活は研究一色に染まることになった。第三研究所の与えられた部屋では、記憶操作の研究。滞在するホテルでは、記憶操作逆転の研究。軍からたんまりもらう金を軍の狗らしく費やす毎日である。

そんなある日、大佐に見舞いに来てくれと電話が来た。

「見舞いに来ると行っておきながら、いつまでも焦らすものだから電話をかけてしまったよ。寂しいから会いに来てくれ」

翻訳すると、「『後で話す』と中尉に行っておきながら、いつまでも電話の一つも寄越さないから、痺れを切らした。早くお前の情報を教えろ」だ。

「まだ、体の具合は面会謝絶なほど危険と聞いたけど」

僕はホムンクルスに見逃されたから、反抗しない限り身の安全を確保されているとして、未だ危険なはずの大佐がなぜ僕を電話で呼び出せるのだろう。
そういう意味を込めて、危険という言葉を導き出せるよう、わざと面会謝絶という嘘の言葉を使ってみた。

「おや、いったい誰が面会謝絶だなんていったんだろうな。きっと噂が一人歩きでもしたんだろう。私は君に電話をかけられるほどは安全だよ」

ホムンクルス、一体何を考えているのか。病院にいるのなら、殺すのはたやすいことのはずなのに。生かす選択でもしたのだろうか。
とりあえず僕は、大佐のいる病院に見舞いに行った。

「僕に会いたかったって、大佐?お見舞いにほっぺちゅーでもしてやろうか」

と冗談交じりに僕は病室に入った。病室には大佐とハボック少尉、それからリザさんがいた。リザさんはなんだかお疲れな表情をしている。部屋の外で僕の研究助手には待っていてもらうことにした。でもきっと、ドア近くで聞き耳を立てていることだろう。

「俺にはないんスか、ケイトちゃん」

ハボック少尉は僕が自負するイケメン顔にだまされて、僕を最初男だと思っていて、女だと発覚して以来、僕のことをちゃん付けで呼ぶ。

「え?いるの?じゃあほっぺちゅーしようか」

「え、まじで!?」

「いい年した大人がこのくらいで喜んでどうすんの」

とりあえずハボック少尉にほっぺちゅーをしてあげる。
リザさんと大佐が驚いてた。

「いつもだったらやらないのに、どうしたの?」

「お見舞いになんにも持ってこなかったから、僕ができることしてあげただけ」

「ほう。なら私もしてもらえるものはしてもらっておこうか」

「はいどーぞ」

僕は大佐のベッドに片手をついて、大佐の頬に口を寄せる。

「手、ベッドの上にだして」

大佐に耳打ちして、頬にキスをする瞬間を利用し僕は大佐から差し出された手に紙片を渡した。

「女性からのキスは、誰からしてもらっても嬉しいものだね」

大佐が満足そうな笑みを浮かべる。
僕はもう目的を果たしたわけだが、怪しまれないようにしばらく談笑して病室を去った。



*



「なんか、意外でしたね」

ケイトのいなくなった病室でジャンが未だ収まらぬにやけ顔のまま言った。
イケメン顔とはいえ、整った容貌をしているケイトからの頬へのキスは思いもよらぬもので、冗談半分にお願いしたジャンには幸福さを伴うものだったのだ。

「まぁ、確かにそうだな。まさかあんな方法を取ってくるとは」

ロイのほうも先程自分がキスをされた頬を撫でながら満足気にしている。

「それでケイトちゃんはどんなことを伝えに来たのですか」

「見てみよう」

ロイがケイトから受け取った紙片を広げる。とても小さな紙片だった。ロイの手のひらより小さかった。しかしその両面にびっしりと手紙のように文章が書いてあった。

「『記憶を取り戻すためホムンクルスと取引。人質有、派手には動けない。ホムンクルスの詳細も語れない。僕は人柱。故に殺されない。代わりに記憶操作の研究を強制されている。大総統に気をつけろ。ホムンクルスに"お父様"がいる。ラスボス。国全体が危険。』」

ぶつ切りの情報の羅列は多少ロイ達に推測を要したが、得た情報はそれなりにロイ達にとって有益となった。
ケイトは人質を取られておりホムンクルスのことは話せないが、知っている。記憶操作の研究をさせられている。完成したらロイも危ないかもしれない。最初の文はそういうことだろう。
ロイは大総統を敵と味方どうとるべきか思案していたところだったので、ケイトのメモによって、警戒に値する人物と判断ができた。さらにホムンクルスよりさらに上、しかもお父様、とされるとするとホムンクルスを生み出した可能性のある何かがいる。そして国全体が危うい。軍の暗部の力がそれほどであるということなのだろう。とロイは推測した。

「追憶のは、随分危うい場所にいるようだな」

「そうですね。でも……ケイトちゃんは、とても強そうな目をしていました」

「立ち向かっているのだろう。現に、こうして危険な橋を渡っているのだから。我々も頑張るしかない」

ロイはハボックに灰皿を取るよう頼み、その中でケイトの書いた紙を燃やした。

ケイトは取引違反ぎりぎりのところまでしか書いていなかった。万が一、書いたメモが流出するようなことを恐れたのである。後にランファンの腕を失わせ、ロイの部下を失わせるという結果を招いたことをケイトは知るよしもなかった。

prev / next

[ novel top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -