追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 33 pieces

彼らが軍の一部だと思ってた。軍が彼らの一部だった。

「久しぶりだな、追憶の。」

"お父様"と僕の二度目の対面である。こいつらヤバい奴らだとは思っていたけど、計り知れない規模を知ってしまったあとだと、なんと恐ろしいことか。

「・・・」

強がって、沈黙して、"お父様"を睨みつける。彼はそんなものなど意にも介していないようで、なんとも陽気な態度で僕に話しかける。

「そんな堅くならなくともよい。君は貴重な人材だ。丁重にもてなしたい。」

いや、そう言われてもと軽口で返したいところだが、重たい口を開く気にはなれない。

「・・・」

「・・・そうか、ならいい。」

そんな僕の様子をしばらく観察して、一言も僕が喋る気がないと悟った"お父様"は、ほんの少しばかり陽気な雰囲気を抑えて、落ち着いた表情と声音で話し出す。

「君はラースに国土錬成陣を止めると言ったそうだな。」

「・・・」

「そんな君のために二つほど教えておこう。この国は、この国の人間全てを賢者の石にするためだけに作られた。この円形の国の形は、私が作ったということだ。」

「・・・っ。」

「そしてこの国の国境線の地下には穴がある。錬成陣の円だ。」

なぜこうもベラベラと僕に計画の一部を話し出したのだろうと僕は訝しむ。特に国の国境にある円の話などしたら、僕が壊しに行けるではないか。

「ここで君はこう思っているだろう。私がこのようなことを話せば、計画を阻止して欲しいと言っているようなものだと。」

もちろん相手は馬鹿じゃなかった。

「円はもちろん壊されぬよう対策が打ってある。」

そーですよね。僕は自分を落ち着けるためにわざと心の中でつぶやいた。

「国の縁をたどるほど大きな円だけど。」

呟くように、僕は指摘した。僕がようやく喋ったので、"お父様"は無邪気に眉を上げて驚きをみせる。

「信用できぬか。ならその目でみるといい。どこが一番簡単だ?」

「リオールじゃない?」

エンヴィーが答えた。先ほどまで運転手の役をしていた奴は、今はいつもの姿に戻っている。露出が多い黒の服装、どうにかしてくれないかな。あの服、僕がきてるわけじゃないのにそわそわする。見てるとむず痒さと苛立ちが募るのだ。

「そうだな。探し当ててみるといい。」

宝探しみたいに、探し出して欲しいみたいな声音である。円を壊されない自信がありありと見える。

「あとは頼んだぞ、ラース。」

話すことが終わったのか"お父様"は無防備に目を閉じて眠りだす。彼の上から降っていた光がフェードアウトした。
終始ラースと呼ばれていた大総統が、僕についてくるように言い、僕は彼に着いて歩く。僕らはこの中央の地下に眠る空間から出て、どこかへ向かい始める。

「どこに向かうんですか。」

「む?もちろん私の執務室だが。」

「どうする気です。」

「ただ君とお茶を共にするだけだ。そう構えずともよい。」

ただ茶をするためになんて嘘だ。きっと何か見せつけるに違いない。

大総統は僕にこの地下が軍部と完全につながっていることを見せつけて、僕を彼の執務室へとエスコートした。彼自ら茶と茶菓子を用意し僕と共に席に着いた。

「あなたもホムンクルスなんですか、大総統。」

「急だな。まずは雑談を楽しんだらどうだね若者よ。」

「夕食の時たっぷり楽しみましたよね。」

単刀直入の質問をかわそうとする大総統に僕は食ってかかる。僕の棘の入った言葉に、カップに口をつけようとしていた大総統が、ちらと視線を僕へ上げた。それはなんとも凍えた視線で、僕に有無を言わせまいとするものだった。彼は形だけでも茶番を繰り広げようとしているようだ。

「あの夕食の席はよかったかね。」

「・・・知ってるでしょう、僕の味覚と嗅覚が取られたって。」

「ああ。そのように聞いている。楽しかったかね。」

「終始、緊張してばかりでしたよ。あなたのご子息、秘密にしてくれと頼んだことを滑らせてくれました。あれさえなければ、僕はきっとあなたに国土錬成陣のことを話したりしなかったでしょう。」

「あれは、隠し事が嫌いでね。」

"あれ"。息子をあれ呼ばわりかよ。

「・・・それで、あなたはホムンクルスなんですか。」

僕はまた話を聞きたかった内容に戻す。大総統は眉を上げて、じろりと僕を見た。

「若者は、せっかちでかなわん。」

もう少し会話を続けろという意味だと思ったが、大総統はため息をつくと頭の後ろに手をまわして、自分の眼帯を外した。閉じられた目がまるで演劇の緞帳のようにあがる。彼の眼帯と瞼の下の瞳には虹彩と瞳孔の代わりにウロボロスのマークが浮かんでいた。これが、彼の僕に対する答えだった。

「軍は、どこまであなたたちの手に?」

「全てだ。」

全て、という言葉ほど時に大まかでつかみにくいものはない。しかしこのとき、僕ははっきりとその規模と浸透率を理解した。この軍事国家で、軍の影響力がない場所などない。

「追憶の。君は優秀な人材だ。大人しくかつ便利でいれば君の大切な人には何もしない。」

父さん、母さん。

「そういえば君の兄だったか。シンへ密入国しているそうじゃないか。」

兄さんまで。ここまで調べられているとは思わなかった。

「戻り次第、国家錬金術師に勧誘するとしよう。」

僕の膝の上に置かれた拳が震える。

「紅茶が冷めてしまう。早く飲みたまえ。」

僕の拳の震えを知ってか知らずか、大総統は僕に紅茶を勧めた。僕は黙って紅茶を一気に飲み干す。

「僕に何か要求でもあるんですか。」

低い声で僕は問うた。僕の大切な人へは指一本たりとも触れさせたくなかった。
大総統は、テーブルに両肘をついて手を組み、そのすぐ後ろに唇を隠すように持ってきて僕を細い瞳で見つめた。

「・・・追憶の錬金術師よ。記憶を操作する錬金術を作り出せるかね。」

僕は自分の胃がひっくり返りそうな感覚を覚えた。記憶を失うより、恐ろしいことだった。
僕はしばらく大総統の目を見て、嘘をつこうかどうか考えた。しかし彼はウロボロスの浮かぶ目で僕の全てを見通しているようで、僕は無理だと悟る。おそらく僕が嘘をつけば、僕は家族を危険に晒すことになるのだろう。

「不可能では、ありません。」

僕は正直に答えた。記憶操作は本当に不可能じゃない。

今まで僕は記憶を作るには記憶の構成物質を知る必要があると考えて研究してきた。記憶消去は実際、記憶の交通路の分解だからだ。分解のためにはその物質がなんなのかをきちんと知っておかなければいけない。しかし僕は知らずに構成物質を知っていた。僕はそれを見つけ出そうとしていたけれど、実際は構成物質がどうのこうのという必要はなかったのだ。

僕はすべての答えを、今までの記憶の研究に持っていた。記憶力増幅の錬金術にだ。
そもそも、記憶は過去だ。記憶を作ることは、記憶を捻じ曲げることで、それは記憶の操作を意味する。そしてその操作は、本当はいとも簡単にできるものだった。記憶増幅の時に用いた、脳を錯覚させる技術によって。脳が発し吸収する信号は記憶の全てだ。信号が脳を刺激し記憶の交通路を作らせ、脳を錯覚させる。僕が研究すべきは記憶の交通路が何でできているかではなく、どのような信号がどのように働くかであった。信号は、ただの電気で、構成物質なんて調べるまでもない。

「しかし、錬金術を研究するには時間がかかります。」

「期間を設けよう。三ヶ月だ。」

僕は一旦押し黙る。不可能ではないからだ。僕はただ、果てしない実験を繰り返すことになるだけだ。
科学者としては探求したい。しかしこれを人に使われるとなると、また別の思いが浮かんでくる。

「僕に誰の記憶を操作させようというんですか。」

「答える義務はない。が、いいだろう、軍の上層部の者どもだ。元々腑抜けた輩どもを完全な操り人形にするだけのこと。あとは状況次第だ。こちらに都合のいい人材を揃えるのに使うのもいい。」

前半は、僕が記憶を操作しようがしまいがあまり大差はないだろうと思われた。ただ大総統やあの"お父様"が何かやりやすいようにするだけなのだから。申し訳ないけど、合理的に考えたらそこは従うのが僕の家族のためにはいい。しかし後半の状況次第というのは気になる。もしも、僕が信頼できる人間の記憶を操作しなければいけなくなったら?彼らが奴らの側についてしまったら?

一番可能性が高い人間に、大佐のことが頭に浮かんだ。大佐は確かに怠惰な部分もあるけど、一番この国のために失うわけにはいかない人だ。軍人として国に本当の意味で身を捧げるような人間をこれ以上失っちゃいけない。

「そういえば、リオールに行く予定だったかね。旅行などの自由は、許可してもいい。どうせ逃げられはしない。」

どうにかして彼らに気をつけろと伝えられれば。瞬間、僕の頭の中にアルの姿が思い浮かぶ。体を、ましてや脳も持たない、僕が絶対に手出しできない人物。
僕は自分の錬金術をひっくり返す可能性のあるアルフォンスに、希望の光を見出していた。

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