追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 32 pieces

大総統を信じるか否か。この質問を今すぐエドとあるに尋ねにいきたい。
ねえもし君らだったら、国土錬成陣のことを大総統に話すか?
僕は軍がどの部分まで黒くなってしまったかわからないし、大総統個人というよりも大総統の周囲を信じれない。ダブリスでの一件で、僕の中での大総統の信用も少し落ちているけど、僕の中で彼はまだやっぱり信用できる人だ。

「それで、先ほどの意味深な視線の意味を聞かせてもらおうか。」

大総統の書斎。家の中を案内するという適当な口実をつけて彼の書斎で秘密の話を始める僕ら。盗聴の可能性は潰し済みである。

「実は賢者の石に関してなんです。」

僕はまずお互いが知っていることから始めた。大総統は、僕らがダブリスに来る前に病院で賢者の石について緘口令をしいた。この単語だけ言えば、きっと通じるだろうと思った。

「ふむ、それで?」

もちろん通じたようで真剣な表情を見せる大総統。僕は内容を選んで話し始めた(エド、アル、君らから答えを聞く前に僕は重大なことを自分の判断で話すと決めてしまったよ)。
国土錬成陣のこと、それからこのことに少なくとも第五研究所に関連して軍が関わっているということ。
イシュヴァールの内乱でも賢者の石が作られていたということは言わなかった。大総統と僕が共通で知っている第五研究所のことと国土錬成陣のことだけ。

「どれほど軍が関わっているのかわかりませんが、何としても阻止しなければいけません。この国の人間全員が賢者の石になんてされてしまったら大変なことになります。」

「うむ、その通りだ。」

大総統は顎に手を当ててしばらく何かを考えていた。

「私が対処しよう。このことは、他言せぬように。どれ、もう遅い時間だ。滞在先まで送ろう。」

「有難うございます。」

彼の沈黙は国の未来を憂慮してのことだろう。忙しい身でありながらさらに国に脅威が迫っていると知って、取り乱さずに落ち着いて考えているところなど、やはり統治者として素質が垣間見える部分だ。

「彼女と仕事の話がある。先に休んでいなさい。」

僕がブラッドレイ宅をお暇する時に大総統はブラッドレイ夫人にそう言い置いて、僕と車に乗った。まだ詳しい話がしたいらしい。

「招いていただき有難うございました。セリム君も、ありがとうな。」

僕が車に乗るまで見送りに来てくれた二人にきちんと挨拶をした。

「また来てお話聞かせてくださいね。」

「うん。」

建前として頷いた。おそらくもう一生くることはないと思う。一度来ただけで疲労が半端ないから遠慮したい。
車が出発してしばらく、僕は夫人とセリム君に手を振って、二人の姿が見えなくなってから大総統と話の続きを始めた。運転席の人間は信用できるとかで彼にも話が聞こえるようになっている。

「それで、どうやってこのことを知ったのかね。」

「たまたまシンに行こうと考えていて、どうやって入国しようか思案していた時に国の形が円であることとその縁をなぞるように内乱や戦争があることから気がついた次第です。」

「ふむ。私は錬金術に詳しくはないが、阻止する方法はあるのかね。」

「まだわかりません。アメストリス国史を全て頭の中に入れたので、そこから阻止する方法などを模索するつもりです。」

「なにか見つかったら、報告をするように。」

僕は頷いた。彼からの支援は絶大だ。報告しないわけがない。

「そういえば、滞在先のことなんですが、僕はまだ滞在先を、」

「言う必要はない。」

「はい?」

「実は、君を連れていきたいところがあってね。」

滞在先をまだ決めていないことを言うのを忘れていたにも関わらず目的地があるかのように進んでいる車が不可解であることに気が付くのに、どれほどの時間を要したかわからない。どうやら大総統は元から僕を滞在先まで連れていく気がなかったようだ。
不穏な空気を少しばかり感じ始め、体を緊張させ始めた僕に、大総統が朗らかな笑みをむけた。

「安心するといい。君も一度会ったことのある人物のところだ。」

その笑みは朗らかである一方で、夜のもつ不自然な薄気味悪さに似ていて、僕は身震いする。
僕は車のバックミラーに目をむけた。運転手がどんな表情をしているか見たかったのだ。僕は彼に同じように身震いしていて欲しかった。僕は今、大総統にどうしようもない恐怖を感じていて、誰かに縋りたかったのだ。しかし運転手はいつか見たことのある、人を小馬鹿にした笑みと眼差しで僕を見ていた。

僕は、口を引き結び、ごくりと空気を飲み込む。
魔窟は地下だけではなかったと思い知らされる夜の幕開けだった。

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