追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 31 pieces

むずがゆくて蕁麻疹が出てしまいそうだ。
目の前にはブラッドレイ夫人。彼女の隣には大総統、キング・ブラッドレイ。そして僕の隣にはセリム・ブラッドレイ。
こいつらなんて上品に飯を食うんだ。礼儀作法など省みたことがない僕にとっては居心地の悪い空間である。さらに僕は味覚と嗅覚がないので食事が美味しいと感じることができないから料理を楽しむこともできない。温度と食べ物の感触は、いつも口の中で何かが蠢いているのイメージを僕の脳内に映し出すので食事はあまり気分のいいものでもない。それが記憶の代わりに与えられた僕への罰だから僕はまだ耐えられる。それでも居心地が悪いことには変わりがない。この食事の席での唯一の救いは食事の席で会話があることだ。

「ケイトさんは、どうして国家錬金術師になったんですか?」

ブラッドレイ宅にきてから、僕は彼らに改めて自己紹介をした。僕はセリム君に追憶の錬金術師さんとしか呼ばれていなかったので、その時に呼び方を改めてもらった。

「ほう、それは私も興味があるな。」

此処での会話は、セリム君が僕に質問をして、僕が答え、ブラッドレイ一家が会話を広げていく、そんな感じだ。

「まず、追憶、という意味は知ってるかい?」

セリム君に話すときには敬語をはずし、全体で話すときは敬語で話す。僕はこれを繰り返しているのだけれど、この切り替え、結構気を遣う。

「えーっと・・・」

ま、そら僕だって受け取ったとき知らなかった言葉なのだから、知るわけないかと思って、大総統に僕は話を振った。

「やっぱり、名付けてくださった大総統に聞くのが一番ですね。」

「はは、確かに。セリム、意味は『過去のことを振り返って偲ぶ、懐かしむ』という意味だよ。」

「まだセリムにはこの言葉は早かったかしらね。」

わからなかったことを残念そうにするセリム君と微笑まし気に彼を見つめるブラッドレイ夫妻。こう、上品に温かい家族だと思った。

「それで、話の続きなんですけど、僕が国家錬金術師を目指したのは、記憶の研究をするためだったんです。」

「記憶の研究・・・?」

首をかしげるセリム君に僕は丁寧に説明する。

「もともと、僕は事故で少し記憶を失っていて、自分の記憶を取り戻すために研究を始めたんだ。でも、やっぱり自分だけの研究では足りなくて、僕は国家錬金術師っていう特権を生かして記憶の研究を進めることにしたんだ。」

「それじゃあ、記憶は戻ったんですか?」

「うん。ばっちり。」

「すごいなあ。」

「記憶の錬金術は、なかなか使う機会がなかったから、国家錬金術師になって軍のお手伝いをするようになってぐんぐん研究が進んだんだよ。」

「ああ、毎年の査定での彼の研究報告は目覚ましいものが多数ある。この間の査定では、記憶の錬金術の発展として、痛覚を一時的に遮断する錬金術を報告してくれたよ。外科手術にも応用できる可能性もあるのでね、注目しているよ。」

「えーっと・・・?」

「あなた、少し言葉が難しいですよ。セリム、ケイトさんは痛さを感じないようにする錬金術を研究したそうよ。もしかしたら病院でも彼女の錬金術が使えるかもしれないんですって。」

「うっかりしておった、つい、な。」

はははと笑う大総統にブラッドレイ夫人があなたったら、という感じでふふふと笑った。長年連れ添っているのにどこか若々し気な関係のある夫婦である。

「セリム君に期待なさってるんですね。」

「ええ。親バカっていうのかしら。」

「そんな、とても素晴らしいと思います。」

大総統が難しい言葉を使うのも期待あってのことだろうと僕はセリム君の方へ笑みを向けつつ言った。

「セリムは将来国家錬金術師になって私を支えたいといっているのだよ。」

「はい。一生懸命頑張っているお父さんの役に立ちたいんです。」

「えらいなあ、セリム君は。」

ほめてあげるとくすぐったそうに照れるセリム君がほほえましい。

「あ、そうだ!」

セリム君は何かを思い出したように、僕のほうを向いた。

「今日、ケイトさんが研究していた錬金術は、どんなものだったんですか?」

どきり。僕は心臓が飛び跳ねた。こいつ、人が内緒にしろといったことをつるっと吐き出してしまいやがった。

「ほう、新しい研究かね。」

「ええ、まあ。」

話題をそらさなければいけないと焦燥感にかられる。自然な流れで別の話題へもっていきたいと思っているのが裏目に出て、歯切れの悪い答えがまず口からでた。

「でも詳しく話しても、あまり面白くありませんよ。」

ここで一番錬金術に興味のなさそうなブラッドレイ夫人に助けを求めたくて視線をやると、彼女は僕ににこりと笑みを向ける。

「私にはさっぱりですけど、セリムも主人も興味があるみたいだし、気にしないで。」

そこは中断してほしかった。なんて空気の読めすぎる夫人なんだ。
今度は大総統に助けを求める視線を送った。今から僕が話そうとしていることはあなたが緘口令を敷いたやつですよ!と僕は訴えかける。

「いや、でも・・・」

時間稼ぎをして、口に出す時間を稼ぐ僕。早く気が付いて、と大総統に視線を送る。

「やはりよそう。」

僕は助かった!と心の中で万歳した。以心伝心万歳。大総統とつながると思わなかったけど。

「どうしてですか?」

セリム君が大総統の言葉にもちろん難色を示す。だって彼はなんにでも興味があるお年頃だしいろいろ知りたかったのだろう。

「能ある鷹は爪を隠すものだ。きっと彼女はひけらかすのがあまり好きではないのだろう。」

「あはは、実はそうなんです。」

大総統が勝手に僕に言い訳を作ってくれて僕は素直にそれにのっかった。

「あら、ごめんなさいねケイトさん。」

「僕も、無理に聞こうとしてごめんなさい。」

「いえ、そんな大したことじゃないですし。」

謝る二人に実際大したことあるけどたいしたことはないと伝えて、僕はしばらく手を付けていなかった食事を一口口に入れた。口の中で気持ち悪く食べ物という名の生物が動き回る。

「ほかに何か聞きたいことはある?セリム君。」

夕食の席が一瞬静かになってしまったのがいたたまれなくて、僕はすぐさま会話を再開させた。
一瞬の沈黙はとてつもなく冷たかったが、僕のこの一言で雰囲気にまた温かさが戻って、僕らはそれから会話を途切れさせることなく楽しく夕食を終わらせたのであった。

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