追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 1 piece

「ケイト・・・!?」

驚いた表情の金髪の少年が、僕の名前をこれまた驚いたって感じに呼んだ。そんな風に呼ばれても僕は全くわけわかんない。誰こいつ。初対面なはずなのになんで僕の名前を知ってるんだ?

「知り合いかい?」

僕の前のほうに座ってた大佐が僕に聞く。
僕は首を振って即答した。

「全然知らない。」


*


ちょうど東部で仕事が入っていた僕を大佐が呼び出した。あの大佐とはなるべく関わる気は無いけど、軍に属してる限りそういうの避けてると面倒なことになるから行くようにはしてる。

そうして東方司令部の大佐のところに来たわけだけど、大佐がもう一人呼んでるとか言って、そのもう一人がくるまで世間話をしていたのだ。
そのもう一人が、金髪の少年だったわけだ。

「全然知らないって・・・忘れちまったのかよ!」

全然知らないと率直に言ってしまった僕に金髪の少年は叫ぶように言った。まるで信じられないと言わんばかりだ。
僕は面倒だなあなんてちょっと思いながら、言葉を改める。

「えーっと、言い方が悪かったな。僕は君のことを覚えていないんだけど、もしかして僕らは3年以上前に知り合ってる?」

「そうだけど。」

「あ・・・どうりで覚えてないわけだ。」

「は・・・?どういうことだよ。」

「こっちの事情って言うか・・・そういうわけなんだよね。」

「なんだそれ、ちゃんと説明しろよ。」

「えーっと、僕からしたら君は初対面なわけだけど、なんで初対面な君に僕のこと言う必要があるの?」

「それは・・・」

金髪の少年が言葉に詰まりながらもまっすぐにこちらを見つめて来る。僕はそんなにこいつと親しい関係だったのか?

「そろそろいいかな?」

金髪の少年が言葉に詰まった瞬間を見逃さず大佐が流れを切り替える。ああ助かった。あのままだときっと僕は切れてた。こっちの深い事情をそんなに根掘り葉掘り聞かれるなんてたまったもんじゃない。

「ごめんな大佐。そろそろ話し始めようか。」

僕はそそくさと逃げるようにソファに座った。大佐の執務室のソファはけっこう柔らかいほうだ。列車にばっかり座る生活をしてるとこういう柔らかい椅子がありがたい。

金髪の少年も不満そうに俯いてもうひとつのソファにすわった。

「話を始める前に一応、紹介をしておこう。追憶の、こちらは"鋼の錬金術師"エドワード・エルリックだ。」

「ああ、あの最小国家錬金術師。」

「最年少だ!!」

「悪い悪い、冗談だよ。」

「・・・で、鋼の。こちらは"追憶の錬金術師"ケイト・クウォークだ。」

「お前も国家錬金術師なのか!」

「まあね。エドワードってよばせてもらうよ。僕のことは呼び方はなんだっていい。よろしくな。」

「・・・おう。」

僕が握手をしようとエドワードに右手を差し出すと、彼はためらうように俯いた。
ただの握手でどうしてためらうのか疑問に思っているとエドワードが左手を差し出して言った。

「俺、右手が機械鎧だから左手がいいんだ。」

「なんだ、それは悪かったね。じゃあ改めてよろしく。」

僕は今度は左手を差し出した。

「よろしくな。」

軽めに握手をして僕らは大佐のほうに向き直った。

「挨拶も済んだことだ、本題に入るとしよう。」

そういって大佐は僕らに資料を渡した。何かの履歴書のようだ。僕のほうが複写、エドワードのほうが原本。経費削減?

「その写真に写っている人物は元国家錬金術師だ。」

「ふーん・・・」

「その人物がこの間、軍上層部の人間の殺害未遂事件を起こした。現在犯人は逃走中。さらに国家錬金術師ともあって危険だ。で、そこで君らの出番だ。」

大佐は腕を組んだ状態でひじをついた。いかにも上司ぶった感じで僕らを見つめてくる。

「これを俺に任せるってことは、なにか俺に利益があるってことだよな?」

エドワードはぺらぺらと資料を読みながら、意地の悪い笑みを浮かべていた。僕も資料に目を通したが資料にはただその元国家錬金術師の経歴やどういう錬金術を専攻しているかなど、そのほかには特にこれといった情報はない。何処に目をつけるところがあるというのだろう。

「ああ。そのために追憶のがいる。」

大佐はエドワードがこの件に乗っかることを予想していたかのようにエドワードに合わせて笑みを浮かべた。

「今大佐の考えてること、ばれたら軍法会議もんなんじゃないの?」

なんとなく察することができた僕は大佐に言ってみる。そういう軍法会議にかけられて抹殺されてしまいそうな危ないことには、あんまり首を突っ込みたくないというのが本音だ。

「ばれないようにするだけさ。」

「・・・あとでたっぷりわがまま聞いてもらうからね、大佐。」

「・・・覚悟しておこう。」

あとで大佐にいろいろわがままを聞いてもらうということで僕はこの事件を解決することを承諾した。
僕にはわがままを聞いてもらう以外利益はないけれど、最後に大佐のしかめっ面を見ることができたからよしとしよう。



*



「・・・なんでこの件が軍法会議もんになんだ?」

東方司令部からでて、犯人が潜伏しているといわれる場所へと向かっている途中にエドワードが僕に聞いてきた。あんまり軍のことには興味ないんだな、こいつ、なんて考えて僕はエドワードに説明する。

「この人は国家錬金術師になった年とやめた年を考えると、大方イシュバールで活躍した人間だよ。多くの錬金術師がイシュバールの内乱の後、資格を返上して軍を辞めたからね、この人もきっとその一人なんだろうね。
で、いまさらになってどうしてこの人は事件を起こしたと思う?きっと、イシュバールのときから軍に不満があって、調べていくうちに軍の、ある秘密にたどり着いたと考えるのが妥当なんだ。そうしてそれが軍上層部の人間の一人にばれた。ばれて殺人未遂にまで発展するって相当な秘密だからね。そんな秘密を僕らは知ることになるんだ。」

「そういうことか。でもなんでそこまで言い切れるんだ?」

「大佐が僕にこの事件を任せたからさ。」

「それってどういうことだよ。」

「実際にみてもらったほうが説明しやすいから、また後でな。」

長話をしていた間に、目的地に近づいていた。遠くから荒廃した建物が見えている。いかにも隠れていそうで、罠が貼ってありそうな場所だった。

「そろそろ警戒しとくか。」

僕とエドワードは口を噤み辺りを見回しながら建物に入っていった。
互いに背を取られないよう自然と互いに互いの背後を守り合う。相手は元国家錬金術師。しかもイシュバールを経験した猛者だ。僕らに適うかどうかは別として、殺す覚悟で挑まねばならない。
エドワードも僕も臨戦状態を崩さずに奥へと進んだ。

「こんなときになんだけどさ、」

僕は後ろにいるエドワードに向かって声をはる。

「僕の口調とか、外見とかで、僕を男って思ってるわけじゃ無いよな。それで人違いとか。」

「んなわけあるか。どんだけ外見変わってよーがケイトはケイトだ。
でもなんで急にそんなこと聞くんだ。」

「もしここで僕が怪我して意識失ったとき、性別知っとかないと困ると思ったんだよ。」

「ぜってー怪我させねぇから安心しとけ。」

「そうか。なら僕もそうするから、エドワードも安心していいからな。」

「へへっ、頼もしいねぇ。」

「僕はそういう風に鍛えられてますから。」

緊張感漂う中の軽口ほど異様なものはなかった。でも話していないとエドワードの存在をきちんと確認できないから続けた。
そうしていると、ドアが近くなり僕らは錬成陣は無いかとか、そういうことを気にして開けた。

ドアを開けると、目の前にははじめに見た部屋と同じ光景が広がっていた。天井も壁も床も灰色のコンクリートで塗り固められた部屋。窓は二つ三つあるけれどどれも締め切られていた。
部屋の奥に、犯人はいた。
履歴書に比べるとだいぶ頬はやせこけ、髪はぼさぼさである。瞳は怯えからくる絶望の色に染められて、ガラス玉のようだった。敵意はなくてこの男が本当に殺人未遂を起こしたのか疑問に思ってしまう。

「・・・僕たちは、軍のものです。おとなしく捕まっていただけるんであれば何も乱暴なことはしません。」

「・・・・」

僕の呼びかけに、犯人は黙って僕らを見つめていた。

エドワードが一歩前に進み出た。

「あんた、生体錬成に詳しいみたいだから、そのことについて教えてもらいたい。」

生体錬成と聞き、僕はまず履歴書のことを思い出した。履歴書にこの男の得意分野が書いてあった。エドワードは、これを目当てにしていたのか。
軍の憲兵達などによってこの男が捕まえられれば、生体錬成などの話は聞けるわけがない。まして軍の秘密を握った人物と面会などできないに決まっている。だから捕まえる前の段階で聞いておくのが一番いいだろう。

「・・・私の記憶を消してくれ。」

僕の言葉も、エドワードの言葉も無視してかすれた声が低音で響く。

「一度、君を見たことがある。"追憶の錬金術師"だろう、君は。」

「そうです。」

「ならば、私の記憶を一切合切消し去ってほしい。そうすれば私は、少なくとも生きることができる。」

「・・・やはりあなたは、軍が抱えている秘密を知ったんですね。」

「・・・そうだ。」

元国家錬金術師の男は僕を静かに見つめた。
エドワードもまた、僕を見た。僕の予想が当たっているから驚いているのだろう。視界の端だからはっきりとした表情はわからない。

「・・・その前に、僕だけその記憶を知ることになりますが、いいですか?」

「・・・知れば記憶を消さない限り後には戻れないと知っていて言うのか。」

「そうです。」

「きっと、聞けばさらに知らずにはいられなくなる。これから君には茨の道すらないかもしれないぞ。」

男は、投げやりな口調だったが僕を心配して再確認をした。
僕は彼を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。

「生きていると実感するには、それくらいがちょうどいいでしょう。」

「・・・そうか。」

「では、まずそこの彼の知りたいことについて答えてもらいますね。その次にあなたが何を知ってしまったのかを教えてもらいます。それから、あなたの記憶を消しましょう。」

男は頷いた。彼がきちんと頷くのを確認して、僕はさっそく準備に取り掛かった。

prev / next

[ novel top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -