▼ 23 pieces
「僕は独りぼっちじゃないんだな。」
列車からダブリスの町へ降り立つとき、ぽつりといった言葉をエドが拾った。
「は?急にどうしたんだよ。」
「別に。兄さんのこと思い出してふと思っただけ。」
エドは僕の返答に沈黙する。僕としては何でもない一言だったのだが、エドにはなにか思うところがあったらしい。
「あのさ、」
「なんだよ。」
先に荷物をもって歩き出した僕に、エドが後ろから声をかける。
「お前の兄貴だけじゃなくて、俺だっているからな。」
僕は口をぽかんと開ける。何を言い出すのかと思ったら。
「物理的に僕の近くにいるからな。」
「だぁーーっ!!そうじゃなくて!」
「わかってるよ。」
エドがすぐ僕の思う通りの反応をしてくれるものだから僕は笑った。
「・・・あっそ。」
僕がからかったのだとわかって不服そうなエドの頭に、もう一度からかう目的で手を置く。
「ほら、帰るよ。今日は僕がシチュー作ってやるからさ、最小国家錬金術師さん?」
「てんめぇ!!」
僕は笑いながら荷物を抱えて走った。エドが後ろから追ってくる。
僕は家に帰りつくまで、エドに追いつかれることなく走り続けた。
*
肉屋の扉を勢いよく開け、ただいまというと、神妙な顔つきの母さんが出迎えた。僕は笑顔のまま走っていたようで、みるみる下がっていく口角を感じ取りながら、母さんを見つめた。
「ケイト、てめぇ!」
と言って後からやってきたエドは、釣り上げた眉とまなじりをみるみる下げて、え?という顔をする。
「どうしたの。」
と問うと、母さんが事のあらましを説明した。
*
「そいつ、僕がぶん殴ってくる。」
といった後に、僕はホムンクルスとの取引の内容を思い出していた。
心は熱いのに、脳内はどうも冷静に記憶を引っ張り出してきてくれたようだ。
「そうとう固いから、やめた方がいいよ。」
この通り、といって母さんが改めてケガした手を見せる。それが逆効果なのだ、僕には。そのおかげで僕は、取引という名のしがらみを取っ払うことができたのだけれど。
「俺が言ってくっから、お前はここに残れ。」
エドも僕を行かせる気がないようだ。
「わかった。じゃあいってくる。」
母さんとエドの言葉を聞いているようでいて完全無視を決め込み、僕は肉屋を出る。
「おい、話聞いてたのかよ!?」
あまりにもスムーズに出ていったものだから、エドも母さんも反応が遅れたようだった。僕は追いかけてきたエドにつかまれた腕を振り払って、彼の瞳を見つめる。
「聞いてたさ。」
僕の瞳を見て、エドが唾をのみこんでいる。
「お前は肉屋にいたら?僕にもお前程度の知識はあるし、相手の要求に応じるまではできる。まあそんなこと死んでもやんねぇ。」
「・・・俺がいうのもなんだけどさ、」
エドが重たそうに口を開く。
「なに?」
僕が先を促す声を聴くと、エドはたじろいだ。本当は、僕は促すどころかエドの言葉を押しつぶそうとしていた。
「そんなに熱くなってっと、冷静さを欠いて危険な目にあうぞ。」
僕の眼光と声にひるむことなくエドは言い切った。
「わかってる。」
僕は声の調子を変えずに言った。
「わかってねえだろ、俺は落ち着けって言ってんだよ。」
エドが僕をにらみ返していった。エドは怒ってて、なぜか今こいつと喧嘩になりそうになっている。それほどどちらも視線に熱がこもっていた。ここで僕らが争いそうになっているのは、本来の目的から完全にそれていて、馬鹿だとしか言いようがないのに。
僕は、いったん自分の気持ちをコントロールして静め、エドに話した。
「自分自身をだましてるんだ。」
「は?」
もちろんエドは僕の唐突な言葉についてこれない。エドに理解させることなんて意味ないので、詳しい説明なんかしてやらない。とりあえず僕は、自分の言いたい、"要するに"の部分だけ言った。
「頭の中はさえまくってる。だから僕は大丈夫なんだよ。」
僕は今、わざとたくさん怒っている。そうして、自分に巻き付いたしがらみを一時的に焼き殺しているのだ。
僕は意外と理性の方が先に立って、いろいろと動けないことがあった。だから、自分で感情を爆発させて、動けるようにしているのだ。
きっとこの怒りがなかったら、エドに家でまてと言われたら素直にそうするのだろう。母さんのけがの心配をするのだろう。相手のホムンクルスにやり返しにいかないのだ、僕は。
でも僕は、記憶を取り返して自分のことばかり見ていられなくなった。
僕の心を常に支えてくれた大切な兄さんの存在。本当の家族ではないのに僕を養女だといって家族にしてくれた母さんと父さん。記憶がないからと関係をおろそかにした僕に、それでも歩み寄ってくれたエドとアル。
大切な人たちなのだ。だから動きたいと思っているのだ。こっちが合理的だという理性をはねのけてまで、動きたいって心が言ってる。
「俺も行く。」
「なんで。」
「お前を一人にさせられっか。」
強情なエドは、僕を睨む。でも今度は怒りじゃない。芯が通ったまっすぐな瞳で、筋を通そうとしている目だった。
「・・・勝手にすれば。とにかく、僕は暴れに行くから。」
「それは俺も一緒だっつーの。」
僕らは、並んで歩き出した。
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