追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 22 pieces

口を開けたまま絶句していたエドが、だんだんと口を引き結び怒ったような顔になった。

「たいしたことないって、嘘じゃねえか。」

僕は言葉を丁寧に選んで組み立てようとしたけど、何をいってもエドを怒らせそうで、何も言い出せなかった。
ようやく、事の重大さを実感し始めた気がする。

「師匠は知ってるのか。」

「うん。母さんと父さんにだけは知らせておこうと思って。」

「食いもん、なんも味しねえのか。それに、においも。」

「・・・うん。」

エドは苦々しい顔でうつむく。アルを思い出しているのかもしれない。

「なんでそんなのほいほい対価にしちゃったんだよ。」

「・・・どうしても、欲しかったんだ。」

僕の12年とこれからの人生の長さを考えれば、12年くらい切り捨てた方が良かったのかもしれない。でも僕は、自分の12年になにか大切なものがある気がしていたのだ。記憶をなくしていた三年間、時折どうしようもなくこみ上げる寂しさを乗り越えさせてくれる存在。そんなのがある気がしていたのだ。
そうしてがむしゃらに手を伸ばした結果、僕は見つけた。たった一人の家族、兄の存在を。代わりに自分を切り捨てたことで。

エドは僕の気持ちを理解したのかわからなかったけど、もうこのことについて言及する気はなくなったようだ。

「これからどうするんだよ。」

「兄さんを探す。きっとどこかにいるはずなんだ。」

「・・・そっか。」

そこでぷつんと会話が途切れた。エドはこれ以上僕に何を言っていいのか分からないみたいで、しばらく何かを言いかけようとしてはやめてを繰り返したあと、諦めたようにため息をついた。僕は話すべきことは全て話した気がして、達成感みたいなものを感じていた。



*




母さんが死んで一か月たったころだった。

「なあ、ケイト。もし俺が、母さんを生き返らせることができるっていったらどうする?」

キッチンで野菜を切りながら兄さんが言った。ゆったりとした、一定のリズムで切られていく野菜の音を聞きながら、僕は返答する。

「でもそれって、しちゃいけないことなんでしょ?」

僕はちょうど錬金術の本を読んでいる時だった。兄さんが医療に関連した錬金術を学んでいるから、僕も追いつきたくて勉強していたのだ。

「だから、例えばの話。」

兄さんは例えばだと言っていたけど、僕はそれが本気なんだということはもちろん分かっていた。

「できるなら、戻ってきてほしいよ。」

僕は真剣にいった。でも戻ってきてほしかったのは、母さんじゃなくて兄さんだった。

医療の錬金術を勉強していた兄さんは、母さんの病気を治せなかったのをひどく後悔していた。
母さんが亡くなった最初の一週間は、ずっと部屋に閉じこもり、次の一週間は急に眠らずに錬金術を勉強するようになって、その次の一週間は、落ち着いたかと思ったらご飯を食べていなかった。そして今週、笑顔も覇気もないけれど機械のように動き出した。
僕はそんな兄さんが見ていられなくて、でもどうしようもなくて、いつものように錬金術を勉強をして、それを兄さんに話すしかなかった。それ以外で、なにか兄さんの気を引けるものが考え付かなかった。とにかく兄さんに気を紛らわせてほしかったのだ。そうでないと兄さんがパンクしてしまう気がした。

「もし、兄さんがそれをできるなら、」

僕は兄さんの後ろ姿に伝え続ける。

「僕はそれを手伝うよ。」

野菜を切っていた兄さんの手が止まる。それから僕を振り返って、すごく壊れそうな笑みを浮かべて言った。

「本当か?」

久しぶりに見る笑顔に、僕はうれしくなってそのまま頷いた。

それからは早かった。兄さんは一つの目標を見つけるとそこにまっしぐらといった感じで、僕はそれについていくのに必死だった。そのころから、僕たちはイズミさんのところで修行するようになって、一歩ずつ着実に人体錬成に近づいていった。

兄さんは錬金術の研究中だけ、よく笑うようになった。僕は兄さんの笑顔が嬉しくて、一緒に錬金術にのめりこんでいった。



人体錬成の日、兄さんは本当に元の兄さんに戻った気がした。頬は少し痩せこけていたけれど、僕の頭を撫で、優しく笑んでいた。
僕らは一緒に人体錬成の陣に手をついた。

そして悲劇は起こった。

昔に戻りたいと望んだ僕は、記憶を。母をその手で救いたいと望んだ兄さんは、両腕を。

兄さんを見ると、僕は頭痛がして意識を失ってしまうので、兄さんはイズミさんに僕を託したあとどこかへ去っていった。

「俺が大事にしなくちゃいけなかったのは、お前だったのにな・・・・」

そう言って、額にキスをして去っていった兄の姿を、記憶が戻ってから知った。



*




起きろ、と声をかけられてから、いつの間にか眠ってしまっていたことに気がついた。
窓際の席で、さんさんと降り注ぐ太陽を受け続けていたせいか、額にじっとりと汗をかいている。先ほどまで何かの夢を見ていた気がしたけど、意識が覚醒した瞬間に忘れた。

「大丈夫か?」

「え、ああ、ちょっと寝ぼけてるだけ。」

列車から降りるときにふらついたのをエドが心配している様子だったので軽い口調でなんでもないと説明する。寝起きはいつも、立ちくらみしたときみたいに目の前が真っ暗になるのだ。

「それもだけど、寝てる間うなされてたぞ。」

「あ、そうなの?」

「ずっと、眉間にしわよせてな。」

エドが手で自分の顔の眉間にしわを作りながら言う。

「僕、寝てるときの夢って、起きたらすぐ忘れるから覚えてないんだよな。」

「へー・・・ならいいけど。」

エドは、僕が何かにつけ自分の不具合を隠そうとしているのではないかと勘ぐっているのか、やたら心配気味だ。本当になんでもないことまで心配してきそうな勢いだ。修行でしばらく一緒だったぐらいの付き合いのはずなのに、どうして此処までこいつは人のことを考えられるのだろう。
南方司令部まで、僕とエドは、昔話に花を咲かせながら歩いた。その間も、ちょくちょく心配そうな視線が向けられて、僕は少しいらいらした。


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