追憶の錬金術師 | ナノ


▼ 21 pieces

朝っぱらから、あんな重大なことを言われて、母さんも父さんも、しばらくは気持ちの整理が追いつかなかったはずだ。しかし2人は、そんな中でも僕の記憶が戻ったことを喜んでくれたし、これからの心配もしてくれた。僕は、この3年間2人の娘で、よかったと思う。そしてこれからもそれでいいと言って、ぎゅっと抱きしめてくれた2人に、なんていっていいのかわからないくらい嬉しくなった。

そんな感動が冷めやらぬうちに、僕は重大なことを思い出した。
というのは、父さんと母さんが、記憶を取り戻したのだから、これからどうするのだと問うたときのこと。国家錬金術師はこれからも続けるつもりだと伝えたことでふっと急に意識に浮上して来たのがそれだった。
今年の査定。
期限を見事なまでにスルーしてしまった。僕はちょうど清書し終わった紙をまとめ、一泊分の旅行の準備を整え、査定に行くことになった。

「ごめん、母さん、父さん。本当はもっと話したいことがあるんだけど、せっかく朝早く出発できるし行ってくる。二三日のあいだには帰って来れるようにする。」

「わかった、行っといで。」

「いってこい。」

「いってきます。」

2人に見送られて、僕はここから一番近い南方司令部へと向かった。

そういえば、エドにも声をかければよかったと思い至ったのは、駅までの道半ばのところだった。
一度戻るのが面倒だったので、駅に着いてから僕は家に電話をかけた。母さんが出たので、エドに伝えてくれといったら、どうやらエドはもうこちらに向かっているらしい。走って行ったので、僕に追いつくのではないか、と母さんはいっていた。僕はわかったといって電話を切ってから、どうせならエドと一緒に行けばいいやと思って、僕と同じ時間の切符をもう一枚買った。

エドは、ほんの数分でやってきた。額から汗を流し、喉がひゅうひゅう言うくらい息を荒く吐き出しているエドは、僕の姿を見ると、間に合ったといってどかりと地面に座り込んだ。持ってきたスーツケースに軽く背を預け、しばらくはあはあ苦しそうに息を上向きに吐き出しながら、完全に脱力している。駅のプラットホームは人が大勢いるのに、そんな中でも気にせず座り込むその姿は奔放としか言いようがなかった。

「はい、切符。」

息が整いだし、周りが見えるようになってきたエドに、僕は切符を差し出した。息だけでサンキュ、と言いながらその切符を受け取ったエドは、ようやく立ち上がる。

「あ、あの列車だ。早く乗ろう。」

「おう。」

列車の中に乗り、2人で向かい合わせに座った。
慣れない早朝に起きたせいか、眠たかった。けれどエドにこれから大事な話をするのに眠るわけにはいかず僕は眠い目をこすってなんとか居直る。

「あんさ、話したいことあるんだけど。」

「その前に聞きたいことがある。」

「・・・なんだよ。」

せっかく、昨日のエドの質問に答えようとした僕に、エドが厳しい視線を向けている。どうしてだかはわからない。

「お前、記憶取り戻したんだな?」

「・・・うん。」

エドに見抜かれていたとは思わなくて、僕はほんの少しの間、喉の奥のほうから声が出てこなかった。エドが、どこまで気がついているのか、僕は少しおびえながら頷いた。

「どうやって、取り戻した?」

エドの声は低く、落ち着きはらっていたので、何もかもがばれているのではないかと僕は錯覚して、全て話しそうになる。なんとか最初の言葉を頭に浮かんだとおり話すのを思いとどまり、僕は慎重に言葉を選び出した。

「お前の質問に答える前に・・・どうしてわかったんだ?」

「昨日、俺がお前を夕飯に呼びにいったとき、"エド"って呼んだろ。」

僕は思わず、しまった、という顔をしていた。寝ぼけていて、油断していたせいで起こったミスだ。

「それで、どうやって取り戻したんだよ。」

話を戻されて、僕は少しどきりとした。エドと、つい視線が合わせられなくて、うつむく。
黙っていると、エドが少しため息のような息を吐き出した。

「・・・言えないことなのかよ。」

「そうじゃない。」

"そうじゃない。僕は後ろめたいようなことをして記憶を取り戻したわけじゃない。"自分に言い聞かせようとした言葉が、口に出ていた。僕ははっとして口をつぐんだけれど、もう遅い。

「・・・じゃあ、」

エドが少しじれったそうに促す。
ちゃんと、言わなくてはいけない。いうべきだ。だってエドは、もう無関係じゃない。アルだってそうだ。
同じ罪を共有したもの同士、僕らはやっぱり、最後まで罪人でいなくてはならない。



*



「僕は、君らのいないときに、ある人から教わったんだ。」

「誰だ、それ。」

「いえない。聞かないでくれ。そうでなければ話さない。」

エドが、抗議の声を上げようとしたところを僕は睨みで制した。言うわけにはいかない理由があるのだ。

「・・・・分かった。」

不服そうにエドは口を引き結ぶ。僕は、これから一言もエドが口を挟まないことを、そこから感じ取って、話をはじめた。

「教わったのは、記憶の対価になりうるもの。」

「・・・!!」

この言葉を言っただけでぴんとくるなんて、やはりエドは最年少国家錬金術師というべきか。

「僕は、過去に兄さんと人体錬成をした。そして、記憶をなくしたんだ。だから、ある人からどうすればいいのかを聞いたんだよ。あいつから奪われたなら、あいつから取り戻せばいい。もう一度扉を開けばいいって。人体錬成で、自分を再構築したんだ。」

エドは僕が人体錬成をして記憶をなくしたと薄々気がついていたようで、驚きなどは少なかった。そのためすぐに今の話へと関心を示した。

「扉が開いたのか。」

「そうだよ。そして僕はあいつから記憶を取り戻した。僕はただ、記憶を取り戻したかったから、それでよかったんだ。君らは元の体に戻るなら、この方法は無理そうだね。僕は扉を開けるのに一つの対価を、記憶を取り戻すのに二つの対価を支払った。とすればアルの体を引っ張り出すには人一人分の対価が必要だ。賢者の石を使うという手もあるけど、いやだろう、君ら。」

僕はあえてエドに扉を二つ見たことを言わなかった。まだ確信はないけど、あれはきっと兄さんの扉だ。そしてあの時僕は彼の腕をつかんでいる。言わなかったのは、もしもエドも真理に出会った時二つの扉を見たら、自分を犠牲にしてアルを引っ張り出そうとするかもしれないと思ったからだ。一応釘は刺したが、エドは僕からじゃ聞き入れたりしないだろう。

「・・・そうだな。なあ、お前、具体的には何を対価にしたんだ?」

「たいしたものじゃない。」

「・・・それもいえないってか。」

「言う必要がない。」

「はぁ?」

エドの大きな声のせいで、周囲に乗り合わせた乗客がいっせいにこちらに視線を集める。
素っ頓狂な声のはずなのに、ずん、とそこに含まれた感情が僕に重くのしかかってきた。

「・・・列車の中だぞ。」

僕は小声でエドを注意した。エドは、心のうちに押し戻しきれなかった怒りを空中に吐き出し、それでもまだ残る怒りを抑えて喋った。

「・・・心配ぐらい、させろよ。師匠も、シグさんも、メイスンさんも、アルも、みんなお前を心配してぇんだよ。」

拗ねたような口調で、エドは俯いて言った。

「お前、覚えてるか。師匠がぶっ倒れてしばらく修行休みになったときのこと。」

「もう全部思い出してるよ。」

僕は、エドの言わんとしていることが分かりだしてきて、言い負かされる予感を覚える。

ヨック島から戻って、四人もの、腕白またはお転婆な子供たちを世話することになった母さんは、最初、その忙しさについていけなくてぶっ倒れたことがある。でも、僕らは母さんが倒れるまで全然気がつかなかったのだ。母さんが無理をしていたなんて。

「そのときお前言ったよな。『教えてくれてたら、何かできたかもしれないのに』って。」

「・・・・」

「お前、自分がそう思ってんなら、逆だって考えてみろ。」

「そうだな、うん・・・・確かにそうだ。」

僕は、エドの言葉に、自分が負けたことを認めて、うなずいた。

「対価は?」

身構えるエドに、僕はなるべく柔らかく聞こえるようにと無駄な工夫をしつついった。

「・・・味覚と嗅覚と、それから臓器を一つ。」

エドが絶句するのをみてから、やっぱり言わなければよかったと少し後悔した。

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