▼ 9 pieces
昨日夕飯の前くらいまではなにやっていたのか覚えていたけど、それからの記憶はさっぱりだった。ときどきこういうことが起きるけど、他の人からも大事に言われたことがないから大丈夫だろうと思う。
見知らぬ人の家のベッドでぐっすり眠ったなんて、僕はどんだけ旅に慣れてしまったんだろう。寝相の悪さは相変わらずだとわかるぐっちゃぐちゃなベッドを綺麗に片付け、寝癖を申し訳程度に整えて、部屋から出る。どうやらここは家の二階みたいだ。階段をおりたらリビングへつながるドアがあって、僕はその方向から聞こえてくる話し声を頼りにドアへ進んだ。
そこには、エドワードとアルフォンス、そして少佐がいた。三人はなにを話し合っているのかわからなかったが、少佐が自ら声を潜めようとしている姿は大柄な体に不釣り合いな気がした。
「おはよう?」
今なん時なのかを見るのを忘れていたので、たぶん朝だと思って相応の挨拶をする。
弾かれたように一斉にみんなが僕をみて、驚いたような顔をした。
「お、おはようケイト!」
アルフォンスが最初に挨拶を返して、後の二人がそれに続いていた。不自然な挨拶に僕は顔をしかめる。
「なんだ?どうかしたのか?」
「いや、どうかしたのかって・・・お前大丈夫なのかよ。」
「何が?」
「昨日、急に具合悪くなってただろ?」
エドワードが僕に遠慮がちに尋ねる。僕は質問のことがまったくわからなかった。
「昨日って、何時の話だよ。」
「もしかしてケイト、覚えてないの?」
「あー・・・昨日の夕食あたりから、あんま覚えてないけど。」
しーん、とその場が静まり返った。どうやら、僕が覚えていない昨日の夕飯時、僕に何かあったらしい。
「昨日、夕食のとき僕に何かあったのかよ。」
僕は言いづらそうにしている三人に向かって睨みつけて聞いた。
しかし三人とも、はぐらかすだけで決して僕の質問に答えようとはしなかった。
*
その晩、僕が寝た後に、僕以外のウィンリィ家にいた人たちが、リビングの食卓に集められていた。
エドワードたちは僕に気づかれていないと思っていたみたいだけど、僕は当然気づいてる。
だから寝たふりをして話を聞きに来た。
「理由も話さずに口止めして悪かったな。今から話す。」
エドワードがその場を仕切っているみたいだ。
「ケイトは12歳のときまでの記憶をなくしてて、俺たちの推測だとなくした記憶のことについての話を聞くと、頭痛がして、その周辺の記憶がすっぽり抜け落ちてしまうみたいなんだ。」
「ケイトは知らないのね?」
「頭痛がしたことでさえ記憶からすっぽり抜け落ちてるから、知ってるはずがない。」
エドワードはあくまで淡々と話を進めている。
僕ははじめて聞いた事実に開いた口がふさがらなかった。今まで記憶が抜け落ちていた回数はダブリスで二回と、傷の男のときで一回。そのくらいだろうか。あんまり数は多くないから、周りも、僕も気づけないわけだ。いや、もしかしたら母さんと父さんは知っていたのかもしれない。
「そのこと、ケイトには言うの?」
ウィンリィが尋ねる。エドワードは頭をガシガシと掻いて、迷っていると体現する。
僕は、みんなの所に出て行くことにした。わざわざ迷わせる必要はないし、今知ってしまったのに、あとからもう一度知らない振りして聞くなんて、そんな器用な真似僕はできない。
「言う必要はないよ。」
僕が出て行くと、全員驚いてエドワードにいたっては椅子から転げ落ちた。
僕はそのことを笑ってから、空いている席についた。
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