お姉さん
ほっといていいのかなと神田さんを心配しながらも、結局私は何も行動に移さなかった。
あの蓮の花についても気になる。しかし神田さんに聞いても決して答えてはくれないだろう。それにあの蓮の花が何なのかを聞いても、私がどうにかできることではないような気がした。あれはきっと神田さんの根源につながるもので、無理やりに掘り返していいものではない。
・・・とまあ、こんな感じでいろいろと言い繕って避けようとしていたというのが正直なところというか。
私のイノセンスは、"目"に関するイノセンスである。
寄生型に分類されるわけだが、生まれつき持っていたわけではなかった。
メルヘンチックな話になるのだが、故郷のあるご神木に寄りかかって転寝をしていたら、夢の中にかわいらしい妖精が出てきて、私に話しかけたのだ。
『あなたはいつも私たちにやさしく接してくださりますね。だからそのお礼に万物の本質を見抜く力をお贈りします。だからこれからあなたは私たちとも話すことができるようになります。』
見たいな感じで。だいぶ端折ったのだが、今思い返しても詐欺にあったんじゃないかと思えるくらいメルヘンチックな話だと思う。
その妖精は私に"心眼"という名前を授けてくれた(もうちょっとかっこいい名前とかあればよかったなあ)。AKUMAを倒す能力もないし、自分でもAKUMAと退治するときに何に使えるのかと正直思う。まだまだ私はエクソシストになり立てで、どんな風に自分のイノセンスを役立てればいいのかとか、そんなことがいまいちわかっていないというか、うん。まあ、要するに私はひよっこちゃん、というわけだ。
その日から私は木の言葉を聴けるようになったわけだが、ずっと努力していただけあって少し悔しかった。もうちょっと、妖精さんたちには人の気持ちというのを考えてほしかった。私の努力を返せーーー!!
・・・ごほん。この"心眼"は、物事あらわすようないろいろなものが見えることと、たまに未来予知をすることができることが特徴だ。神田さんの蓮の花のように意味もわからず見えてしまうものもあれば、脳内に映像が流れるときもある(映像が流れる場合は未来予想が多い)。
今の私はイノセンスの発動をコントロールできていないのが現状だ。私のイノセンスは寄生型で、科学班の方々によると私の心と密接にかかわっている。心の奥底で知りたいと思ってしまったら"見えて"しまうのだ。そんなわけで神田さんの周りに蓮の花が見えたわけである。
もし神田さんに今会いに行ったら私はきっと"知りたい"と思ってしまうのだろう。人には見られたくない部分があるのだからやめておいたほうがいい。
こうやって道徳的なことを頭の中で考えていても、知りたいと思っているのは確かだけれど。道徳道徳といっていたって、表面だけよねえ・・・・。
***
その道徳と非道徳的な思考の間にいた私は発動を制御できるようになるまで神田さんを避けようと決めた。
発動を避けるために、神田さんを視界に絶対に入れないようにした。目を合わせるなんてもってのほかである。幸い私の"心眼"は未来予知ができるので助かった(食堂を見たとき、どの席に神田さんが来るのかとか、そういう情景が脳裏にぱっと浮かび上がるのだ、ほんとありがたい)。
神田さんも、もともと人との馴れ合いなどを好まないことも助かった。
「―――そんなに気を張ってたら疲れない?」
神田さんを視界に入れないようにし始めてから一週間がたとうかしている。今はリナリーとイノセンスの発動の修行中だ。修行を始める際に、リナリーさんというよそよそしい呼び方を強制的に改め、さらには敬語もはずしてほしいとの半ば命令気味な彼女のお願いをきいてここ二日でようやく慣れてきたところだ。
私は彼女の質問にうなずいた。疲れているから少しでも軽くするために彼女に話している。
「でも、見てしまったら神田さんに申し訳ないし。リナリーにも、本当に申し訳ないと思ってて。」
「私のことなんて気にしなくていいのよ。」
実は彼女のことも覗いてしまっている。私が覗いてしまうかもしれないと分かっていて修行を了承してくれた。
初めて覗いたとき、申し訳なさで涙がでた。泣きながらごめんなさい、ごめんなさいと謝った。一刻も早く制御できるようになろうと覚悟した。
「そういえばね、兄さんがこの一週間の修行でだいぶ制御できているって。」
ユリアは飲み込みが早くてえらいわ、とリナリーが微笑む。
「本当?」
一週間で制御できるようになるとは思っていなかったのでちょっぴり嬉しい。
「ええ。数えていたけど瞳の色が黄色になる回数が発動回数と同じくらいになってきたから。
『ユリアくんの心とイノセンスが密接にかかわっているとしたら、完全に制御するのは難しい』って兄さんは言ってたけど、どうする?」
私は少し考えてから言った。
「それなら、一人で修行する。これ以上リナリーの中を覗いてしまうのも申し訳ないから。」
「・・・なら今日で終わりになっちゃうね。」
リナリーはちょっと残念そうに言った。こんな面倒ごとを引き受けて、積極的に教えてくれて、終わりとなったら寂しそうに肩を落とす。・・・こんなにいい人に会ったの初めてじゃないかと思いそうだ。
「そうだね。一週間ありがとう。」
私は笑顔でお辞儀をした。
教団内に女性は少ないから、リナリーはいいお姉さん的存在になれそうだ。
「さ、もうお昼だから、一緒に食べに行きましょう。実践もかねて神田の近くに座りましょうよ。」
「うん。」
ほんのちょっと自信がわいて、笑顔で返事をした。
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