香る纏う花の色 | ナノ

再生

「あやつから、だいたいのことは聞いておるな」

「はい」

「ならば話は早い」

談話室に向かい合う私たちの組み合わせは、周囲からすると少しだけ不思議で、遠巻きに人からの視線を感じたが、話を聞かれることはないだろうと、気づかないふりをした。

「ではまず、ユリア嬢、お主の装備型イノセンスをしばしはずしてはくれぬか」

「はい」

話を聞くために必要なことだとわかったので、私は素直に従った。

「お主にイノセンスをはずさせたのは、もしこの話を聞いたときに、そのイノセンスがお主を守ろうとするとふんでのことだ」

「はい」

うなずいて、納得の意を表する。

「うむ。ならば、イノセンスがお主を守ろうとする理由をはなそう」

私の混乱を防ぐために、ブックマンはゆっくりとした口調だ。

「ユリア嬢のイノセンスがお主を守ろうとする理由、それは、咎落ちを防ぐことにある」

「とがおち、ですか」

「咎落ちというのは、イノセンス不適合者が無理にイノセンスとシンクロしようとした場合に起こるもの。不適合者の生命が途切れるまで、イノセンスがその体内を食い荒らし、暴走する。この咎落ちは、適合者がイノセンスを裏切ろうとした場合にも、同様に起こる」

「私は、咎落ちの可能性があった、ということですか」

「おそらくそうであろう」

ぞっとした。記憶を失う前の私はイノセンスを裏切ろうとしていたのだ。

「しかし記憶を失う前のユリア嬢は少なくともイノセンスを裏切るなどあり得ぬことであった」

「じゃあ、どういうことです?」

「記憶を失う直前、ラビとお主は恋人関係にあった。わしはそれを聞き、あやつの覚悟を問うた」

ブックマンが言葉を止めた。覚悟がとてつもなく重たいものだということがわかって、少し恐怖が芽生える。

「万が一の場合、ユリア嬢を教団から連れ出す覚悟、そして、ユリア嬢に咎落ちの兆候があった場合、そうなる前にお主を殺める覚悟だ」

「そんな覚悟を問うたんですか。恋人関係にある人間に、そんなことを?」

あまりにも酷な覚悟を求めたブックマンに、非難の気持ちを隠しきれない。

「我らブックマンは傍観者。何者にも肩入れせず、歴史を記録する者。何かに肩入れするならば、それ相応の覚悟がいるのは当然だ」

しかし至極当然に切り返したのをみて、ブックマンとはそういうものなのだと知った。

「お主はそのとき、心眼でなにかを見ていた。自らが咎落ちする瞬間か、はたまた、ラビの手にかかる瞬間か……。そしてその直後、新しいイノセンスと出会ったお主は、記憶を失っていた。そして、過去の記憶を嫌悪し、ラビへの思いも忘れ去っていた」

謎がひとつとけた。
私の記憶には確かに重大なことが隠されていた。下手をすれば、私の命に関わっていたということだ。

私のイノセンスは、私を守るためにラビにまつわる記憶を消そうとして、これまでの過去全てを消し去ったのだろう。そして思い出さないよう私の心にも影響を与えた。

「して、何か、思い出せたか」

「事情はわかりました。でも……記憶は、すぐというわけにはいかないみたいです」

「そうか。記憶が戻り次第、またあやつと話してみるといい。どうやら、あの馬鹿者も自分なりに覚悟を決めておるようだ」

「はい」

ラビの覚悟。それは、もうひとつの私の謎だ。知りたい謎。

その夜、また夢で記憶だけは取り戻すことができた。ただし、これまでの記憶に付随するはずの感情は、一切よみがえることはなかった。


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