香る纏う花の色 | ナノ

覚悟

変化や今の自分がいなくなることを怖がる気持ちがありながらも、私にははっきりと、このままではダメだという気持ちがあった。

私はいまに満足していない。それは現状に謎があるからだった。

私の失われた記憶に潜む、なにか重大なこと。ラビの真意。私は知りたくてたまらないのだ。一度わからないと、自分のなかにずっともやもやしたものがあって、すっきりさせたくなる。

私の気持ちは、ほぼ、記憶を取り戻すという選択へ向かっていた。しかし一度すっきりさせてしまえば二度ともとには戻れない、この一点において、私は足踏みをしている。

だから、正直に誰かに話して、なにか、私が一歩踏み出す勇気を得られる言葉をかけてもらいたくて、親しい人、話を聞いてくれそうな人をめぐることにした。

一人目は、リナ。
話していなかったこと全部話した。記憶が戻る可能性があると言われたこと、それから、シンクロ率が上がって、故郷での夢を見るようになったこと。
リナはどうしてすぐに相談してくれなかったのだと少し怒ったけど、それはただ、私が不安になったりしていなかったかとかそういうことを心配して、怒っていた。

軽くお説教をもらった後で、

「確かに、戻れないって思うと、手放せなくなっちゃうわよね、今が」

リナはまず私の気持ちに共感してくれた。共感してくれるだけで嬉しい。

「少し、似たような経験があるわ、私」

「そうなの?」

リナがちょっと悲しそうにうなずく。聞いて良いのか戸惑ったけど、リナはゆっくり話してくれた。

幼い頃、イノセンスの適正を示したリナは、コムイさんと無理矢理に引き裂かれ、エクソシストとして戦いに駆り出された。幼いリナに大人は無慈悲で、いつも夜は枕を濡らして、兄との生活に焦がれていたという。逃げようとしても、それは叶わない。彼女より大きな大人が縛り付ける。唯一の肉親と引き裂かれた彼女にとって、教団は地獄だったという。
一生、暗く冷たい場所に縛り付けられ、兄とも会えず戦争で死ぬしかないのだとリナは絶望した。
そのとき、コムイさんがやってきて、頭を撫で、リナのそばにいてくれることになった。そのとき教団は少なくとも地獄ではなくなった。

「私、そのとき思ったの。私が本当に望んでいた、元の暮らしには絶対に戻れない。この教団から逃げることはできないって。でも、兄さんがいるならそれで良いと思った。もう、戻らなくていい。私の居場所は兄さんだから」

リナは悲しげだけど穏やかに話している。未だに何か思うことはあっても、受け入れているのだろう。

「私の場合は、選ぶ時間や選択肢はなかったけれど、最終的には、自分で、戻らなくていいと決めた。そしたら、ここがようやくホームになったの」

私は涙をこらえるので精一杯だった。ただ、胸がつまってつまって仕方がなかった。今まで、リナを優しく強い存在だと思ってきたが、それは、彼女のこれまでがそうさせてきたのだ。それを思うと、言葉にはできない強い何かがこみ上がってきた。

「泣かないで、ユリア」

リナが苦笑する。私は涙よりも先に出てきた鼻水をすすりながら言った。

「まだ、泣いてないよ」

リナは破顔した。そしたら急にポロっと涙が出て、とうとう私は泣き出してしまう。
リナがそんな私を抱き締めて言った。

「大丈夫よ、私がいるんだから、大丈夫」

頭を撫でながらそういってくれた。頭を撫でてくれたというコムイさんの話を思い出す。私には、リナがいてくれる。記憶を失ったときも、ただ普通に、そばにいてくれたリナ。彼女がいれば大丈夫だと思えた。



***


二人目は、アレンだ。私は意識して、私を後押ししてくれそうな人に話を聞きにいこうとしている。

アレンは、ずっと、とてもいい食べ友達である。今まで自分の記憶のこととか、そういうことについては話してこなかったけど、今日は、全部話してみようと思う。

「まさか、ラビが言ってた守りたい人が、ユリアだとは思いませんでした」

まずは、これまでの事情を全て話した。記憶を失ったことや、失う前、ラビと恋人であったこととか、それから、記憶を取り戻す可能性がある話。

「あのときは、黙っててごめんね」

「いえ、普通は言えないことですよ」

こんな風に謝ったら、アレンだって許しの言葉をかけざるを得ないとはわかってたけど、言わずにはいられなかったからいってしまった。アレンは本当になんとも思ってなかったようで、すぐ許してくれた。

「あの、それでね、アレン。記憶を取り戻せるかもって話にはなってるんだけど……」

私は、リナにした話をアレンに聞かせた。アレンは真剣に聞いてくれた。

「後戻りできないのが、怖い、ですか」

「うん。記憶が戻ったら、やっぱり、今の私じゃなくなるのかな? とか、ようやく、ここまで来たのに、また変わっちゃうのかなとか、そういうことを考えたら、怖くなってしまって」

「……あの、ユリアは、取り戻す記憶に対する怖さはないんですか?」

ふむふむ、と聞いてくれていたアレンが、ふと思ったようで、疑問を口にした。

「え?」

首をかしげると、

「だって、ラビのようすから、取り戻す記憶が危険なものかもしれないって思ったんですよね? 危険な記憶なのに怖くはないんですか?」

言われて気づく。アレンの言う通りだ。でも、気づかされてもなお、一切恐怖はない。

「どうしてだろう。全然、怖いとは思わない。ただ、知りたいとは思うけど」

「それなら、なにも問題ないですよ」

私の答えを聞いて、アレンはとても優しく微笑んだ。
どうして、と首をかしげると、アレンはむしろ私がどうしてわかっていないんだろうと苦笑した。

「ユリアは、今のユリアが変わってしまったら、今の記憶が消えてしまうと思っていませんか? そんなことはないですよ、絶対。普通、記憶喪失したら、喪失した部分が戻ってくるものでしょ? なくなった部分が戻ってきて、代わりにあったものがなくなるなんて話、聞いたことありませんよ」

また、アレンに気づかされた。
気づくと、不思議と怖くなくなった。本当に、不思議だ。

「アレンってなんだか、思ってたより、頭いいし、強いね」

感謝の気持ちを込めて、心のなかで思った通り褒めてみた。

「ユリア、急にそんな風に褒めても、絶対に甘いものあげたりしませんよ?」

「どうしてそうなるかなあ。まだ、根に持ってるの?」

以前、ジェリーさんの新作のお菓子を、どれだけ頼まれても分けてあげなかったことを指して言うと、

「当たり前じゃないですか! 食べ物の恨みは一生ものですよ」

と本気と冗談が混じって返された。
思わず笑っていた。アレンもつられてか、笑ってた。

「万が一、ユリアが今までのこと忘れたとしても、僕がついてますから、安心してください」

ひとしきり笑ったあと、また優しい笑顔を浮かべてアレンがいってくれた。
リナみたいに、ついていてくれる人が増えて、嬉しくなる。

「ありがとう」

私はたまに黒いけど、今日ばかりはとても真っ白い紳士に感謝した。


***


三人目、と言いたいところだけど、リナとアレンのお陰で、勇気が二百倍くらいに湧いたから、この気持ちのまま、ブックマンのもとに向かった。自室を訪ねると、ラビと二人で新聞を読んでいるところを目撃した。

部屋がもう新聞の海で、みたことのない文字のものもあったから、これがブックマンの仕事なのかと、驚いた。

「用か、ユリア嬢」

「はい。できれば、二人で」

ちらりとラビを見やると、努めてこちらを見ないようにしているみたいだった。私も努めて無視をし、ブックマンと共に部屋を出た。

話せる場所はいくらでもあると思っていたが、改めて話せる場所となると、ブックマンだったら滅多に来なさそうな談話室しかなかった。その一角を選んで、私たちは向かい合わせに座った。

「それで、どうじゃ」

短い言葉で、ブックマンは私の真意を聞いた。私は緊張と、ブックマンの瞳の鋭さにほんの少しだけ勇気を削がれそうな気持ちだったが、持っている勇気を使って口を開いた。

「聞かせてください」


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