香る纏う花の色 | ナノ

変化と怖さ

「腱鞘炎ですね」

と、医療班の医師から診断が降りた。手首の方だ。

「軽く脳震盪も起こしていたようです。ですから、今後は衝撃を体で受け止めるようなことは最小限に抑えてください。手首の方は、できるだけ安静に。湿布を出しておきます」

「はい、ありがとうございます」

最初の湿布ははってもらい、自分で張るための湿布をもらってから、すぐさま私は医療班をあとにした。すぐにでも、ヘブラスカに会いに行って、聞きたいことがあったからだ。

ヘブラスカは二つ目のイノセンスが私の記憶に影響を与えているといった。ブックマンは二つ目のイノセンスが私の記憶に蓋をしていると断言した。

なら、どちらかのシンクロ率が上がるだけでも、私の記憶に影響があるはずだった。だから私は、記憶の断片を見てしまったのだろう。きっと、"心眼"の方が上がったはずだった。記憶の断片を見たと言うのはそういうことのはずだ。

結論から言うと、

「……シンクロ率……"心眼"の方が、あがって……いる……」

私の推測は当たっていた。

「60パーセント……だ」

前回は、55パーセントだった。これまで、シンクロ率がどちらもあがっているといっても、"心眼"より結界のほうが圧倒的に高かった。しかし今ではその差が縮まってきている。

「ヘブラスカ、私、この間、記憶の断片を見ました。シンクロ率が、"心眼"のほうが上がってるってことは、このままだと、記憶が戻るかもしれないってことですか?」

「そう……かもしれな……い」

ヘブラスカも断言はできないようだ。私は少し不安になってきた。
心の準備ができてからブックマンに聞こうと思ったが、もしかするとその前に記憶を取り戻してしまうかもしれない。

自分の右手首を見る。張った湿布の上には髪紐の結界のイノセンスが巻き付いている。もう少しだけ、記憶を遮断していてくれますようにと願った。心の準備ができるまでは、まだ。

しかし、それからはしばしば、夢を見るようになった。
ラビから聞いたことのある記憶の話とぴったり一致する夢だ。とてもおだやかに、私とラビが私の故郷で過ごしている。
それが自分の記憶だと私は認識しているけれど、実感としてではなく、ただの知識として私はその記憶を吸収していく。

夢を見だして一週間経つ頃には故郷での主要な記憶を得ていた。そして、繰り返し記憶を夢見るようになった。夢は、私の故郷から先に進んでしまうことはなかった。もしかすると、ここまでが、今の"心眼"のシンクロ率で私に見せることができる記憶なのかもしれない。

夢に私の記憶の感情がついてくることはなかったが、私は過去の自分がラビに心を寄せていたことを夢を見て気づいていた。そしてラビも、最初はそうでもなかったし打算も見えたが、最終的には純粋に私のことを気にかけるようになっていた。

二人は相思相愛だった。残念ながら思いをとげることなく二人は離れてしまったけれど、ラビが、二人は教団で再会し恋人となったと言っていたから、私が記憶を失いさえしなければ、おそらくハッピーエンドが待っていたはずだった。

ふと、先日のラビのようすが思い起こされる。私がラビに、記憶を取り戻したらどうなるのかと聞いたら、深刻そうな態度をとられた。もしかすると、私が記憶を取り戻したとしても、ラビはハッピーエンドにならないのかもしれない。また何か深刻なことが待ち受けているのかもしれない。

どれほどのことが、失った記憶にはあるのだろうか。

夢を見て、知りたい気持ちが強くなってきていた。でも、知ればもう戻れない。
私は、今の自分が消えてしまうのではないか、自分では到底対処できないことが待ち受けているのではないか、いろいろ考えてしまって、怖い。

今ようやく落ち着いてきたのに、また変わってしまうことが怖かった。


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