観察眼
ブックマンから記憶が戻る可能性を提示されると、すぐにラビとの任務が待っていた。今まで一度も一緒の任務になったことはなかったのに、こんなタイミングで一緒になるなんて、最悪だ。
「実をいうと、俺とユリアって、同じ任務になるの止められてたんさ。でも何でか知らないけど、なっちゃってるさ」
とラビがいっていたから、なんの思惑があってかはわからないけど、ブックマンが仕向けたのだろう。
私たちは今、列車に乗り、それから馬車を使ってある農村のカボチャ畑に向かっている。そこでイノセンスが発見されたので、その護衛を任された。私が現地のファインダーとイノセンスを常に守り、ラビが後方の憂いなく周囲のAKUMAを排除する寸法だ。
まだAKUMAが狙っているという緊迫した状況は報告されていない。
「ねえ、やっぱり私たちが一緒にならなかったのって記憶が急に戻ったら困るからだよね?」
「そうさね。何がきっかけで戻るかわからない上に、戻ったときに混乱して戦えなくなったら危険だからな」
ラビは普通だった。ラビだったらそれが何を意味するか察しているはずなのに。
私の記憶が戻る可能性がなくなったか、記憶が戻るきっかけがラビ以外にあるとわかったかだと推測するのは簡単なのだ。
なのに知らないといっている。
もしかして、ブックマンはラビに話したのだろうか。でもそうであるなら、そのことに触れようとしないのはどうしてだろう。記憶が戻ってほしいといっていたラビなら、そうすると思ったのに。
でもラビは、落ち着いて馬車に揺られていた。いや、そういうふりをしている風に見える。
「ねえ、ラビ」
「なんさ?」
ブックマンがラビに私に話したことと同じことを伝えたか知りたくて、私は思いきった。どうせいつか伝えなくてはいけないことだからと自分に言い聞かせて。
「ブックマンが、私の記憶が戻らない理由と、その理由を私が知れば、私の記憶が戻るって、言ってた」
「…………」
ラビは驚かなかった。でも、少し表情が固まっていた。
「ラビはブックマンからそのことを教えてもらってたんだね。もしかして、理由まで教えてもらっていたの」
「…………」
「別に、ラビから理由を聞きたい訳じゃない。でも、少しその事について聞きたい」
「……聞いた。全部」
ラビはようやく答えた。私は居住まいを正して、加えて質問をした。
「そのとき、ラビはどう思った?」
「俺は……ユリアの判断に任せるしかないって、思ったさ」
表情から、なんとなくだけどラビが言ったことは実際に思ったことの半分にもならないと思った。
「それだけじゃないよね」
ラビはやはり見破られた、というような反応で、また口を開く。
「少しでもユリアに心の迷いがあるうちは、絶対に、少しも、ユリアは知るべきじゃないとも思った」
「私が知って、記憶を取り戻したらどうなるの?」
「それは、ユリアが記憶をなくした理由とも関わるから、言えない」
「ラビはまだ、私に記憶を取り戻してほしいって思っている?」
「それは…………もう、俺の意思がどうこうは関係ないさ。ユリアは誰の意思も介さず、一人で決めるしかない」
ラビのこの言葉は重苦しい響きを持っていた。表情は、変わらない気もしたが、何らかの危険を予感したような緊張をしているようにも見える。
「ねえ、記憶を取り戻すのに、覚悟が必要になるっていいたいの。記憶を取り戻したら何か危ないことがあるように聞こえる」
「……そういうことを聞きたいなら、ジジイに聞いた方がいいさ。この件に関しては、俺は傍観者ではいられないから、本当に傍観者であるジジイの方が適任さ。ユリアは俺の表情からいろいろ読み取るから、その読み取ったことの何がきっかけでユリアが記憶を取り戻すか予想できない」
ラビの言葉は冷静だったし納得できた。そしてどこか線から遠ざかるような感じがした。私とラビとの心の境界線だ。私たちは、線の近くで正面から向き合えるほどの近くにいたはずだったけれど、ラビはたぶん二歩くらい下がってしまった。私が、ラビに危険な探りをいれたせいだ。
「あ……ごめん、つい」
結局、私も境界線からラビと同じくらい下がった。
列車内は少し気まずかった。
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