香る纏う花の色 | ナノ

可能性

記憶を失う前の私が、顔を出し始めているのだろうか。
私の相反する気持ちは、否応無く私をかき乱し、現れるたびに疲労させる。

談話室で過去の話を聞いた時、ラビは私を兄のように見つめている気がした。
これでようやく、ラビは新しくいい人を探し始めることができる。そう思って私は安堵したが、自分の心ではないみたいに、激しく抵抗し始めた部分があって、私はとても戸惑った。

私の気持ちがわからない。
これは"前"の私の気持ちなのか、それとも"今"の私の気持ちなのか。こんな相反した気持ち、人は抱くことがあるのだろうか。



***



今日、ブックマンと初めて任務につく。
今まで、ラビ同様に一度も一緒になったことの無い相手だった。しかし向こうから一緒の任務を希望された。一体何の意図があるのか分からず、緊張するばかりである。

私とブックマンは、任務地で合流することになった。教団から任務地に向かった私に対し、ブックマンは前の任務地からの続投である。年配なのに、体力があるなあという感心と同じ列車内で移動しなくてよかったという安心を抱く。

「よろしくお願いします」

ブックマンは私が到着する駅でファインダーとともに私を待っていた。
私が挨拶をすると、うむ、という返事とともにブックマンが頷く。

「今回はミランダ嬢の助けよりもユリア嬢の助けが必要でな」

そう言われて、詳しい意味はあまりよくわからなかったが、ブックマンはただ私のイノセンスの特性を今回の任務に活かしたかっただけだということがわかって、ほっとした。彼の希望にはなんの含みもなかったのである。

よくよく考えてみれば、今回の任務内容から私の力が役立ちそうなのだ。任務内容はこうだ。

ある青年の右足が突然腐敗し始めたという。
その青年は慢性的な頭痛に悩まされていて、病院を受診したというがこれといった原因が見つからず、そうこうしているうちに右足のスネの皮膚から腐敗が始まったという。腐敗部分の切除など外科的治療も行ったが腐敗は食い止まらず、最終的に右足を切断するしかないとして切断を試みようとしたところ、青年の右足が光り、切断を試みた医師をはねのけたという。
すぐさま教団に連絡してファインダーが派遣され、イノセンスの可能性ありとされた。ただ青年はなぜかイノセンス適合者ではなく、そのために右足の腐敗が始まったという。そこで医療の知識が多少あるブックマンと、ブックマンの希望で、イノセンスで見ることができる私が派遣された。

「右足の腐敗を止めるならば、ミランダ嬢の出番かとも思ったが、それよりもイノセンスを取り出せばうまく行く話。右足を切り離そうとしたところイノセンスが光って抵抗したとあれば、イノセンスは適合者が来るまで右足から離れないように働いているのかもしれぬ。二個のイノセンスが認めたユリア嬢なら、イノセンスも一時は身を預け、そしてヘブラスカの中で適合者を待つことができるやも、というわけだ」

ブックマンは丁寧に説明をしてくれた。ブックマンの言葉はもちろん仮説だけれど本当だと信じそうなくらい論理的な気がした。
なんのためにブックマンが私を一緒の任務に希望し、私は何をすべきなのか、一気に方向が定まった。

「ではいくぞ」

「はい」

私たちは、駅のすぐ近くという病院へ向かった。
青年はガブリエルというそうだ。ヴァチカンの黒の教団がやって来るということで、彼には病院で一等の個室が与えられていて、包帯でぐるぐる巻きにされた右足を投げ出して横になって眠っていた。

「右足が腐敗するにつれて頭痛も激しくなり、頭痛の軽減もままならず、今はもう意識がありません」

案内した医師が説明をした。病院の医院長だという。彼のことを先にイノセンスで見てみたが、特に怪しいものが彼を取り巻いているということはなく、むしろ誠実な男性であるようだった。
彼が青年の右足の包帯を外した。右足は、スネを中心に黒く腐敗していた。

「ガブリエル、か……イノセンスも、名に惹かれたのであろうな……」

ブックマンのつぶやきを聞いて、ガブリエルという天使の名を持つ青年に思うことは多少なりともあったけれど、あえて何も言わず、彼をイノセンスを通して見た。

「うわっ!!」

「どうした」

右足を見た瞬間、光が目の前にまで押し寄せてきて、思わず驚いて、私は目をつぶった。隣のブックマンが心配そうに聞くが、大丈夫ですと答えてもう一度見る。

光は一気に私に押し寄せた後すぐに引いた。まるで私を威嚇、もしくはただ驚かせたかっただけなのかもしれない。赤い宝石を見たとき、女性たちが訴えていたように、イノセンスにも、少し性格とか、物語があるのだと思う。
光が収まった後の右足は、薄ぼんやりとスネのあたりから丸く光を放っていて、少し近づいて目を凝らして見ると、イノセンスの形がはっきり見えた。イノセンスは確かに存在した。チラチラと、光に強弱がつき始めて、まるで、私に語りかけているようにも見えた。

「イノセンス、ありました」

「そうか」

報告をすると、ブックマンが知恵を絞り出す。

「問題はどのようにしてイノセンスを取り出すか……」

「右足の切断は、難しいです。一度失敗しましたから」

後ろに控えている医院長がそっと言葉をかける。ブックマンはその言葉を流して、思索にふけった。

「一度刺激を与えて見るか」

といってブックマンは針を取り出した。初めて見るが、とても細い。刺しても、刺し方によっては痛みを感じないというから驚きだ。

「ユリア嬢、イノセンスがある位置を正確に伝えてくれるか」

「はい、えっと……ちょうど、ここです。中心は、ここです」

最初にイノセンスのだいたいの位置を伝え、中心を伝えた。ブックマンは、慎重に針をイノセンスの中心の真上にある皮膚へとあてがい、ゆっくりと針を刺した。

「もう少しで、イノセンスに触れます」

ブックマンは最後までじっと、耐えるような動きで針を推し進め、イノセンスに触れた。
何も起こらなかった。しかし、イノセンスが、一度ぴかりと輝いた。

これはブックマンの目にも見えたようで、後ろにいた医院長は以前跳ね飛ばされた経験があるからか、悲鳴をあげる。

「跳ね飛ばされはせぬが、光る。しかし光る以外動きはなしじゃな」

「どうしますか?」

「ユリア嬢、たしかお主のもう一つのイノセンス、人には効かぬといったな」

「はい。AKUMAだときちんと防壁になるのですが、人だと簡単に通り抜けてしまいます」

「ではイノセンスはどうだ?」

「……やって見たことがないのでわかりませんが……あっ、でもリナはダークブーツで踏みつけて、ジャンプできてました。手は簡単にすり抜けちゃうのに」

「ならば、同様にイノセンスを掬い上げれはせぬか」

「やって見ます」

二つのイノセンスを同時に発動できないので、私はイノセンスを切り替えて発動させた。それからベッドの下に防壁を作って、だんだんと上げてみた。
青年のふくらはぎを簡単にすり抜けて、防壁はどんどん上がっていく。上がるにつれて、イノセンスがスネから浮かび上がって肉眼で見えるようになった。小さな歓声が後ろの医院長から聞こえた。

「とれた……」

完全にイノセンスが取り出されると、イノセンスがキラキラと光って、鱗粉のようなものを青年の足に降り注がせる。
みるみるうちに、腐敗していた足が元どおりに回復していった。
まるでイノセンスがお詫びでもしているかのようで、それは温かく美しく光景だった。
後ろから聞こえる歓声は徐々に大きくなって、それがピークに達した頃医院長は青年に駆け寄った。

「素晴らしい。素晴らしい! こんな奇跡が起こるなんて!」

そう言いながら青年の右足を食い入るように見つめていた。
青年もしばらくしてから目を覚まし、自分の右足が元どおりになっているのをみて涙を流して喜んでいた。

私たちはイノセンスの回収が終わったので、すぐさま列車をとって、黒の教団に帰ることになった。

「やはり今回、ユリア嬢の力が役に立ったの」

「ブックマンすごいです。なんていうか、洞察力というか、知恵がすごいというか」

「なに、ただの長年の経験よ。ユリア嬢もだいぶ慣れてきたようだの」

「はい。みんなまだイノセンスをうまく扱えない私を手伝ってくれますから」

「記憶の調子はどうじゃ?」

「全然戻りませんよ。ヘブラスカが、二つ目のイノセンスの影響で戻らないって言っているので、戻ることはないと思っています」

「……記憶というのは不思議であろう、はっきりと覚えていないのに、心の方はそうとも限らない」

「えっ」

口に出して誰かにはっきり言ったことはないのに、ブックマンに今の私の状態をはっきりと言われて、私は驚いた。

「どうして……」

ブックマンは私の問いかけに答えずさらに言葉を続けた。

「二つの目のイノセンスの影響で、記憶が戻らぬと言ったな、ユリア嬢よ」

「は、い」

「疑問に思ったことはないか。なぜ二つ目のイノセンスがユリア嬢の記憶に蓋をしたか」

「えっ……」

言われてみれば、という感じで私は疑問に思い始める。二つ目が一つ目のイノセンスを毛嫌いしているからと言って、私の記憶を消してなんになるというのだろう。記憶を消す意味はなかった。

「儂は少し心当たりがあるのだ。ユリア嬢がその理由を知れば、もしかするとユリア嬢の記憶は戻るやもしれん。ユリア嬢が記憶を取り戻したいというのであれば、儂も協力を惜しみはせんよ」

私は突然降って湧いた可能性に、即座には対応できなかった。

ただ、やっぱりブックマンは私とこの話をするために、一緒の任務を希望したのだと、どこか冷静に考えていた。


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