香る纏う花の色 | ナノ

知ること

記憶を失ったら普通、皆どうするのだろう。やっぱりすぐに自分のことを知ろうとするのだろうか。私はそうなるために長い時間がかかってしまった。

「じゃあ始めは何から話すかな」

談話室のソファにもたれかかってラビがくつろぐ。長い話になりそうだし、ソファだとお尻が痛くならない。ラビはなんだか自分自身の緊張をほぐそうとしている風に見えた。

「ラビは、私のお父さんとお母さんの話知ってる?」

私は自分の両親のことを聞いた。最初に絶対これを聞こうって決めていた。

「二人とも、事故で亡くなったって聞いてるさ」

ラビはすぐさま答えを教えてくれた。ブックマン後継者のラビが本当になんでも覚えているんだなとわかる淀みない返答だった。

「どんな事故?」

「ユリアのじいちゃんは、土砂崩れだって言ってた」

「私、おじいちゃんがいるの?」

「ああ。たぶん今もユリアの家に住んでいると思う」

私は心のうちから温かいものが広がっていくのを感じた。私には大切な人が少なくとも一人はいる。

「そっか……」

そっと私は息を吐いた。体の力が少し抜ける。

「安心した?」

ラビは目敏く気が付いて、私に微笑んだ。私は頷く。

「他に何か知ってることある?私が住んでいた場所のこととか、なんでもいいの」

私が生まれ育った場所。私を知っている人。どんな場所なのか。両親と祖父の話を皮切りに、どんどん疑問が溢れた。
私は、もしかすると自分の記憶を求めているのだろうか。

ラビは、私とラビの出会いから、別れ、そして教団での再会までを休憩を入れつつ事細かに説明してくれた。私は何一つとして思いだせはしなかった。でもラビの話はどの部分をとっても私を静かに躍らせた。まるで、誰かの物語のように。

「私たちは再会をしたあとどうしたの?」

「俺らは、今みたいな関係だった。俺はブックマン後継者だって自覚して、ユリアとはただの仲間として過ごそうとしたんさ」

ラビの言葉の端に、私たちが近しい関係であったことを感じて、私は今がちょうどよいタイミングだと思った。私とラビの関係に切り込むタイミング。

「私たちは、恋人だったの?」

「へっ」

「……ラビ、質問したけど本当は確信してる。私たち、恋人だったんだよね」

「……短い期間だったんだけどな」

ラビはそう言って肯定した。私はその先の説明をラビに求めた。

「俺、前にじじいに約束してたんさ、『もうこんなことないようにする』って。つまり、ブックマンとして俺がしっかりしないうちは、誰にも肩入れしないって。じじいは俺とユリアが恋人になったって知ったとき、俺に覚悟ができるまでユリアと離れるようにって言った。ユリアは嫌がったけど、俺はじじいの言葉に従って、一週間後には答えをだすってユリアと約束したんさ」

「一週間後、どうなったの?」

「その前に、ユリアは記憶をなくした」

「……そ…っか」

ラビの気持ちは宙ぶらりんのまま、あてもなくさまようことになってしまったのだろう。記憶をなくした私と接しながら、その気持ちを向けていいかどうか、うかがってた。記憶が戻ってくれたらどんなに楽かと考えたに違いない。だから私はラビの態度にもやもやしていた。

「ラビは、私の記憶、やっぱり戻ってほしい、よね」

「ユリアが過去を思い出すのが嫌なのは、分かってるさ。それでも、俺は、戻ってほしい」

「もし、記憶が戻ったら、どうするつもりなの?」

「俺の答えをちゃんと伝えるさ」

「記憶が戻らなかったら?」

「その時も、俺は同じことを伝えると思う」

記憶が戻っても戻らなくても、同じ答え。どんな答えなのか想像がつかなくて、気になった。でも聞いちゃいけない。その答えを聞くのは、私が記憶をきちんと思い出したときか、ラビが私の記憶が戻らなくてもいいと本当に思ったときなのだろう。

「私は、どうすればいいの?」

ザクロを食べたときのように、私は分からなかった。自分の気持ちも、記憶を思い出すことへの向き合い方も分からなかった。

「ユリアは、何も気にせずのんびりしてればいいんさ」

ラビはそういって微笑した。まるで小さな妹を見守る兄のような視線で。
もしかしたら、ラビの答えはそこにあるのかもしれない。そんな予感がして、安堵する自分と、その安堵に反発する自分がいた。


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