香る纏う花の色 | ナノ

大切な誰か

「過去と向き合うって、大変なことだよね。」

町をとっくに出発した列車は、教団本部へと向けて長い旅へと乗り出していた。景色など楽しむ余裕もなく長く沈黙していた後、ようやく口を開いた私にリナが耳を傾けた。列車の中は雑音が絶えなくてリナに聞こえるかわからなかったが気にせず言葉を続ける。

「一回向き合ったと思ってたの。ラビときちんと話し合った時。でも過去と向き合うって、本当はどういう過去を自分が持ってたのか受け止めることだよね。」

「受け止める、か。うん、記憶喪失であってもなくても、そうだと思う。」

リナの返答に私は微笑んだ。リナの言葉はいつだって私に安心を与える。記憶がないことを気にしている私に、記憶喪失など関係なく誰にだって過去に向き合わねばならない時はあると言ってくれているのだから。気遣いなどではなくて本当に自然と彼女の口から出た言葉は温かい。

「ねえ、ユリアはどうして自分の過去が嫌いなの?」

私は少し考えて答えた。

「最初は、ラビが私の知らない私を見ているのが気持ち悪くて、嫌いだったんだと思う。でも今は、とくにこうだからっていう理由はなくて・・・ヘブラスカは、二個目のイノセンスの影響だって言ってるけど。」

「記憶を思い出すのは、怖い?」

「・・・少し。自分が自分じゃなくなりそうで。」

「じゃあ、知ることは?」

「知ること・・・」

私は知ることと思い出すこととの違いを考えた。
思い出したら、今の自分じゃない自分の存在を内に自覚するか、もしかしたら今の自分がいなくなるかもしれない。それは怖くて嫌だ。
知ったら、どうなるのだろう。思い出すわけでもなくて、ただ自分じゃない自分を他人のように知るのだろうか。まるでドッペルゲンガーのようなものに出会うのだろうか。
どちらにせよ、

「怖くはないけど、変な感じ?」

「それなら、知ってみるのもいいと思う。だって、ユリアが取り戻したくないと思っている記憶の中には、あなたの家族の記憶も含まれてるんだよ?」

私は目を見開いた。

「・・・なんで今まで忘れてたんだろう、すごく大切なことなのに。」

記憶そのものにとらわれすぎて、私は私の根幹にかかわるものを見ていなかった。どれだけ自分じゃない自分のことが怖くても、それでも私には、大切な人がいたはずなのだ。

「だから、知ることって大切でしょ?」

リナが優しい笑みをたたえて、私の手に彼女の手を重ねた。思い出せないけど知っている、そんな大切な誰かの温もりな気がした。


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