香る纏う花の色 | ナノ

胸中2/2

部屋に戻って、緊張を緩めるとどんどん感情が表情に出ていくのがわかった。
鏡の前に立つと、あからさまにむくれている自分がいる。なんて心が狭いのかと自分が嫌になってさらにむくれていく。

「ユリア、開けてくれない?」

鏡の前に立っていると、ノックの音とリナの声が聞こえた。私は一度ドアの方へと顔を向けた後、鏡に向き直る。取り繕えそうにないほど、表情がひどい。私はとりあえず鏡の前で笑顔の練習をして、むくれた顔を消した。しばらくしたらすぐに戻ってくるだろうが、ある意味応急処置だ。

「どうしたの、リナ。」

いたって声は普通に、努めて落ち着いた表情を目指してドアを開けた。リナが心配そうな顔をして立っている。

「さっき、様子が変だったけど大丈夫?」

「うん、疲れが残ってただけだから。」

「本当に?もしなにか悩んでたら言っていいのよ?」

昼食の席を立つときの私は相当様子が変であったのだろう、リナが気づいてくれて嬉しい反面、まだ気持ちの整理がついていないのでそっとしてほしいという思いが沸き起こる。感じている感情の行く先の張本人を目の前にしているので、なおさらだ。

「本当に、疲れただけ。」

私は力無さげに笑ってみせる。疲れているんだとアピールするためだ。

「だから今日はもう休もうと思う。」

「えっ、じゃあおやつの時には来ないの?」

「うん、今日はいいや。」

早く、一人になりたい。私は内心イライラしていた。私の様子がおかしい理由が自分にあるとは思っていない彼女が的外れな心配をするのが、悲しくて、イライラする。

「どうしてもこれない?」

早くドアを閉めたくて仕方がないのに、リナがそうさせてくれない。自分に蓄積されていく我慢メーターが、あとちょっとで溢れ出す。

「疲れてるから。」

滲みで始めたイライラで声が低くなった。私は思わずリナから視線をそらした。

「ごめん。」

リナが次の言葉を言う前に、私はドアを閉めた。リナに音が聞こえぬようゆっくりと施錠し、ベッドに入った。布団をかぶり、なるべく周りの音が聞こえぬよう、深くへもぐりこむ。完全に周りの音を消せるわけではないけれど、何かに包まっていると一人だということが実感できて、落ち着けた。
本当に疲れてきたのか、それとも昼食後だからか、眠気はすぐにやってきた。夢を見ることもなく、ぐっすりと私は眠った。



***




目が覚めたのはちょうど夕飯時である。寄生型の私はどうしてもお腹がすくのを抑えられなくて、自分のお腹が訴える空腹で目が覚めた。今日はおやつを食べていないのでほとんど飢餓状態である。お腹をぐうぐうと鳴らしながら、私は力なく食堂へと歩いた。

「あっ、ユリアちゃん!」

食堂に行くとジェリーさんが私を心配そうに見た。

「今日あんまし食べてないでしょ、大丈夫なのあんた?」

「大丈夫じゃないよ、だから今日はオムライス大盛りでお願い。あと、もうお菓子の材料ってある?何か大量に作れそうなのないかな。」

「あるにはあるけど・・・でもユリアちゃんいいの?」

「いいのって、なにが?」

ほらそこ、と言われてジェリーさんがさす方をみると、そこにはリナとラビがいた。二人で何やら話していて彼らの前にはそれはもう大きなケーキがあった。

「すごく大きなケーキ。誰かここで結婚式挙げるの?」

「んもう、何言ってるのよ!」

ケーキが何段にも重なっていたし、その一番上には何かが飾ってあるように見えたのでウェディングケーキではないかと推測したのだが、ジェリーさんに必死で否定された。

「でも、誰かの誕生日ケーキにしては大きすぎるでしょ?」

「・・・あんた、それ本気で言ってる?」

まるで誕生日ケーキ以外の何がある、とでも言いたげな様子である。

「え、誕生日ケーキなの?」

今まで教団内で誰かが誕生日を迎えたとか迎えなかったとかそういう話は聞いたことがないし、しかもこのご時世誰かの誕生日を祝うほどみんなも余裕があるわけじゃない。それにこの教団には数多くの人がいて、365日誰かが誕生日を迎えている。だから誰かのために誕生日ケーキなどが容易されることなど、きっとないだろうと思っていたのだ。

「そうよ、ほら行って、オムライスは後でもってくから!」

ジェリーに背中をばしっと叩かれ、私はとことこと二人のもとへ行った。昼食の時のこともあるし、少し気まずいけれど、おずおずと後ろから声をかける。

「ねえ、二人とも?」

二人は私の登場を予想していなかったのか、盛大に驚いた。私を振り返ったまま固まっている。

「ユリア、もう大丈夫なの?」

リナがおろおろとしつつ私に心配の言葉をかけてくれた。

「うん、それにお腹がすいて。」

「ああ、今日は昼食だけだったもんな!」

二人は何かを焦っていた。隠し事に関係したことのような気がした。私は、まだ大丈夫と自分に言い聞かせた。

「ねえ、その後ろのケーキなんだけど、どうしたの?」

「あ、ああ、これさ?」

「ジェリーさんが、誕生日ケーキだって。」

「あ、あのね、ユリア。そうなの。」

困った顔の二人はお互いに目を合わせた。目だけで何かを話しているように見えて、私はまた自分だけ除け者にされた気分である。それから二人は意を決したようにうなずき合い、それぞれのポケットに手を入れた。

「誕生日おめでとう!」

ぱんぱん、と二つ音がなって私の頭の上に色紙がはらはらと落ちてきた。また、ぱんぱん、と音がなり私の頭に同じものが降り注ぐ。そしてラビの方から最後にもう一度ぱん、と音がなって、最後のは金色も混じったものが舞った。

「え・・・?」

目を瞬かせる私に、二人は満面の笑みを向けている。

「やっぱり知らないと思ったさ。」

「今日って私の誕生日だったの・・・?」

「ええ。これでユリアも15歳ね。」

二人は私のためにサプライズを企画していたようだ。

「もしかして、お昼の時のって・・・」

「実はその時にお祝いしようと思ってたの。」

だから神田さんたちがいたのかと私はこのとき気が付いた。

「でも他の三人はもう任務さ。ごめんってマリとデイシャ言ってたさ。」

「どうしよう、わざわざお昼に集まってもらったのに、私、」

きっと先ほど二人が繰り返しクラッカーを使っていたのは、マリさんたちの分だったのだろう。三回目のクラッカーはラビだけだったのがいい証拠だ。
食事の席を嫌な雰囲気にしないようにと席をたったのに、それどころか私は、彼らの思いを全て台無しにしてしまった。
罪悪感を感じる私に、リナとラビが大丈夫だよと笑む。

「このくらい大丈夫さ。次あったときにお礼いっとけば万事オッケー。」

「うん・・・」

「今日はユリアの誕生日なんだから、ほら、ケーキを食べましょ。」

オムライスをジェリーさんが持ってきたのはその時だった。
お祝いの言葉とともにやってきて、オムライスの皿をお置き、私に力強いハグのプレゼントをしてくれた。

「そのケーキちゃんと全部平らげるのよ、ラビちゃんも手伝ってくれたんだから。」

去り際にそう言いおいて、ジェリーさんは去った。

「そうなの?」

驚いて、ラビの方を見ると照れくさそうにしている。

「朝からラビ頑張ってたのよ。すごい量なんだもの。」

リナが補足する。
この量を作るのはきっと、骨が折れる作業だったはずだ。ジェリーさんたちなど、料理に慣れた人がするのも一苦労なのに、普段あまり料理をしないラビが頑張ったのだ。わざわざ早朝に目を覚まし、何とかお昼までに間に合わせようと頑張ったのだろう。そして疲れているだろうお菓子作りのそのすぐ後に私を呼びに来てお昼に誘ってくれたのだ。疲れた様子など一切見せず。そして私がラビの気持ちを台無しにしてしまったその後も、何一つ文句を言うことなく、私に笑顔を見せてくれる。
どうしてそこまでしてくれるの。と、感謝の言葉の前に私は聞きたくなった。どうしてそこまで、すすんですることができるのか。
でもそれは言ってはいけない言葉だった。だって私は答えを知っている。今までずっと触れないできた九か月前のラビの言葉があるから。

「ありがとう、ラビ。」

私は疑問を飲み込んで、ラビにお礼を言った。

「どういたしまして、さね。」

とラビは嬉しそうに笑う。心からの笑顔だった。ただ私からお礼を受け取っただけなのに、なんて幸せそうに笑うのだろう。
彼の言葉は私の胸を少し苦しくした。罪悪感からくる苦しさが大きなウェイトを占めている。彼が惜しみなく私に与えてくれる感情を嬉しいと思う反面、受け止める自信がない自分がいるからだった。


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