香る纏う花の色 | ナノ

胸中1/2

一日を繰り返していたら、記録上、教団での生活は一年が過ぎようかしていた。

私の記憶の中では、九か月である。これまでの十四年間と三か月分はどこかへ飛んで行った。イノセンスによってふたをされているだけで、私の頭の中にもしかしたらあるのかもしれない。


***



曇りのち晴れ、と科学班の人が予報したその日は、私にとっては何でもない日になるはずだった。
前日任務から帰ってきた私は、その疲れを癒すために食事以外部屋でのんびりと過ごしていた。任務をしている間は、どれだけでも頑張れるのだけれど、帰ってくると、何かのスイッチが切れてしまったように疲れがどっと押し寄せてくるのだ。そして次の日は何もする気になれなくなる。食事以外は。

今日はきっと誰とも会うことはないだろう。会う約束をしていた人もいない。私は自分のベッドで死んだように突っ伏す。次の任務のためにも休めるうちに休まなければ、とただ自分が休みたいだけなのだが、心の中でそう言って、目を閉じる。

すぐに眠気は襲ってきて、私はそのまま死んだように眠るはずだった。
ノックの音が聞こえたのは、ほとんど脳が眠気に包まれた時だった。ノックの音がふわふわとした眠りの膜をぱん、と割った。
とりあえず、私は仰向けになった。視線だけドアの方へと向けて、頭を覚醒させる。ぱちり、ぱちりと瞬きをして、疲れた体をゆっくり起こす。

「はあい、」

眠気混じりの伸びた声をドアの向こうへ届けながら、私はドアを開けた。

「なんかお疲れさね。」

立っていたのはラビだった。きちんと話をした日から、私たちはだいぶ打ち解けるようになって、敬語で話さなくなった。

「昨日、任務から帰ってきたばかりで。」

苦笑しつつ答える。ラビに比べてまだまだ未熟なエクソシストだからか、疲れている自分が少し恥ずかしい。

「疲れてるとこ悪いけど、出てこれる?」

「だいぶ休んだから大丈夫。」

一日中休んで次の任務のための英気を養いたかった思いもあったが、誰かの気分が少しでも落ち込んでしまうようなことになるのは嫌で、ラビについていくことにした。

「ごはん食べた?」

「お昼はこれから。」

ひと眠りしたあとに昼食をとりに行こうと思っていたので、昼食はおやつの時間と被る予定だった。

「お昼食べに行くの?」

「そうそう。リナリーと、せっかくユリアいるならみんなで食べようって話になったんさ。」

ふうん、とそっけない返事を返す。わざわざ呼びに来てくれるなんて珍しいなと考えていた。

「何かあるの?」

「へ?」

「何かあるの?だって、わざわざ呼びに来るなんて珍しいから。」

食堂まで歩く間に会話がないのもなんだと思って、私は自分の疑問で場つなぎをすることにした。ラビの聞き返す声は少し上ずっていて、私は訝しむ。

「いやあ、別になんもないさ。」

上ずった声のまま、ラビは何でもないという。ラビの表情は引きつっていて、彼が何かを隠しているのはあからさまだった。

「・・・・?」

私は少し沈黙して、ラビを見た。

「ほ、本当になんでもないんさ。」

ははは、と乾いた笑みを浮かべて前を向くラビ。私に覗き込まれるのを避けるみたいに。その様子は以前の目を合わせようとしないラビを私に思い出させて、とても嫌な気分になった。私はラビときちんと話し合った時以来、自分の嫌なことはきちんと明かすよう努めているけど、今でも少しそれが躊躇われる時がある。ラビを傷つけるようなことをしたくないのだ。そうして結局あの時のように、最後は傷つけることになるかもしれなくても。
ラビがこちらを見ないのをいいことに食堂に着くまで少し顔をむくれさせながら歩いた。そこからは人の目もあるのでぐっと表情を取り繕って、私はジェリーさんに昼食を頼んだ。デザートも一緒に頼んだけれど、今日はお菓子のための材料を切らしているらしくだめだった。おやつ時にはきっと作れるだろうということだったので、仕方なく我慢する。私は自分のむくれ顏を取り繕うのが難しくなっていくのがわかった。今日は、なぜこうもままならないのか。
ラビと一緒にトレイをもって、先に待っていたリナのもとへと行く。驚いたことに、リナの他にも神田さんやマリさん、デイシャさんなど、多くの人がいた。

「"みんな"って、こんなに・・・」

こんな人数などそろわないのが当たり前で、私は全員を見渡して物珍しそうにしながら座った。

「どうしてみんないるんですか?」

「ちょうど全員休みだったんだ。」

「アレン君は任務だけどね。」

マリさんとリナが答える。なんて偶然なんだろう、と私は先ほどまでむくれていた自分をきれいすっかり忘れていた。
マリさんやデイシャさんは、この七か月で何度も同じ任務についたことがある。二人とも私より年上でエクソシストとして頼りがいのある人だ。アレンとはまだ任務に行ったことはないけれど教団内で会ったら気さくに話す。同じ寄生型で、ジェリーさんの食事について話が盛り上がったりする。

私の両隣にリナとラビ、向かいに神田さんたちが座っていたので、昼食の間、マリさんたちと多く話をした。共通の話題があまりないので、二人はいつも私の話を聞いてくれる。目に関するイノセンスを持つ私は、盲目のマリさんに関しては特にそうで、何が見えるのかを事細かに説明することが多い。他のエクソシストの皆には、絵を描いて伝えたりすることもあるのだが、マリさんにはそれができないからだ。そうしてきたので、いつもマリさんに私が話したいことを話すようになっていた。

「そういえば、神田さんが一緒に昼食をとるの珍しいですね。」

皆がそろうのもそれはそれで珍しいことではあるが、神田さんがこの輪に参加するというのも珍しくて、私はその話題を口にした。
すると一瞬ぴたっと会話が止まり、全員が静かになった。本当に一瞬だったのだが、私に違和感を与えるには十分だった。今日はそんなことが多い。

「まあ、神田もそういう気分になる日があるのよ、ね?」

リナの声が上ずっている。先ほどのラビを思いださせて、もしかしてこの二人は共通のことを私に隠しているのでは、と私は勘繰った。先ほどまで綺麗さっぱり忘れていたはずのむくれた自分が現れだす。二人は知っていて私だけが知らないということが面白くないのだ。この七ヶ月、もっとも親しくしていた二人から除け者にされていると思うと、寂しい気持ちもあったけれど、それよりも怒りのほうが大きかった。必死で表情には出すまいと、ぐっと表情を引き締めた。仲間同士でも、隠したいことがあったりするのは当然なのだし、せっかく楽しい食事の席で一人だけ機嫌が悪そうにしていたら雰囲気がぶち壊しだ。
流せ流せと心の中で念じて、私は水を飲んだ。

と。聞こえてきた声に思わず水を吹き出しそうになった。

「んだ気持ち悪ぃ顔して。」

この間、誰かが言ってた。神田さんは名前が神田ユウだから空気読めないKYだって。誰だっけ。あ、アレンだ。

「そんな顔、してませんよ。」

何を言っているのだろうこの人はという雰囲気を醸し出させて苦笑する。神田さんは私が表情を取り繕うとすぐに気がついて気持ち悪いというのだ。
お願いだからこれ以上追求しないでほしい。

「女の子に対して失礼よ神田。」

リナが神田さんを咎めた。神田さんよりも気がついてほしいと本音では思っている人が、私の表情の変化に気がついてくれないのは私としては辛いものがある。これ以上表情が保てそうになくて、私は慌てて立ち上がった。

「いいよリナ。それより、食べ終わっちゃった。今日はお昼をみんなで食べれて楽しかったよ、ありがとう。なんか、今日はデザートはおやつ時にしか食べれないみたいだし、私部屋に戻るね。やっぱり疲れてるみたいだから少し休んでくる。」

「え、ユリア?」

強引で急な終わらせ方をしたので、引き止められる前にささっとトレイを持って、私はじゃあねとお別れの言葉をいった。
自分の表情が崩れそうだ。早く立ち去りたい。その思いばかりが先行して、他に気を回す余裕などなかった。ジェリーさんにおいしかったの一言もなしに私は逃げるように食堂を後にした。


prevnext
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -