香る纏う花の色 | ナノ

交錯

教団へ帰ってきた。外界から隔絶されたこの場所は、安全で、そして大勢の仲間がいることもあってか、私はここにいるととても安心した。リナを見たときなんか、少し涙が出そうだったくらいだ。

コムイさんに報告を済ませ、今私はヘブラスカの間へと向かっている。今回回収したイノセンスをヘブラスカに渡すためと、私のイノセンスを診てもらうためだ。

任務中はあまりそれどころではなかったが、私のイノセンス"心眼"は少し性質を変化させていた。見たものの周りに、それを取り巻くものが見えるようになったのだ。今回の宝石のイノセンスの周りに見えた女の人たちや、神田さんの周りに見えた女の人と、そして男の子のように。
あの時、女の人、といった瞬間に神田さんの表情が変わったから、男の子のことまでは言えなかった。神田さんの心の奥底を大分暴いてしまったらしい、とその表情からとっさに判断して、辞めることができた。もしかすると私のイノセンスは、使いようによっては人の害になる可能性が大きそうなので、これからは慎重に使うことにする。

ヘブラスカの間へと行くと、彼女はどうやら私が持っているイノセンスを感じて、それを待っていたらしい。私は手早くイノセンスを手渡し、さっそく自分のことを調べてもらった。
記憶を失い、イノセンスのシンクロ率が安定しなかった三日間ほど、ずっと気持ちの悪い思いをしていたので、すっかりヘブラスカに診てもらうことには慣れてしまった。緊張せず、体の力を抜いて、ヘブラスカに調べてもらう。

「不思議だ・・・」

ヘブラスカに診てもらったあと、彼女の上に乗せられたまま私たちはしゃべった。

「なにがですか?」

「二つのイノセンスのどちらとも・・・シンクロ率が上がっている・・・」

ヘブラスカは、少しうれしそうな口調だ。

「二つとも・・・・共存しようとしているのだ・・・」

「共存・・・?」

「ああ・・・」

ヘブラスカは、私の頭の上にふわりと手をのせるみたいな声音で言う。

「もしかすると・・・記憶が・・・戻るかもしれない・・・」

「ほんとですか?」

「わからない・・・しかし・・・可能性は・・・ある・・・」

そういわれて、私は喜べばいいのかどうか、よくわからなかった。
過去に対して向き合いたいとは思ったけれど、過去への嫌悪が消えたわけではないのだ。今更そういわれても、私は困惑するよりほかなかった。どちらかというと、過去が戻ってくるかもしれないのがちょっと憂鬱だ。



***



ヘブラスカの間で判明したことがラビさんの耳に届くのはまるで光のようだった。ラビさんにどう話を切り出そうか考えあぐねていたところ、翌日の朝ごはんの時に、向こうから切り出してくれた。

「なあ、俺聞いたんさ。」

しっかり腰を据えて話すつもりのラビさんは、朝ごはんの時に話があるから談話室に行かないかと私を誘った。私はちょうど私も話すことがあるのだといい、ご飯を食べた後二人で談話室へと向かった。

「もしかしたら・・・ユリアの記憶が戻るかもって。」

「はい。可能性はあるって、言われました。」

きっぱりとした私の答えが、ラビさんの瞳にきらりと光りを与える。私は複雑な思いでそれを見とめ、自分からそのことについて話し出した。

「正直に言うと、私はあんまり嬉しくないんです。」

ラビさんは、それを聞いてぐっと唇を引き結んでいた。

「私、ラビさんにずっと言いたいことがあります。」

ラビさんが口を引き結んでいる間に、私は次々と言葉にだした。ほとんど一方的に、かつラビさんにとって暴力的に。

「私、自分の過去が嫌いです。ヘブラスカは、新しいイノセンスが前のイノセンスを毛嫌いしてる影響だって言っていたけれど、私はそうじゃないと思ってます。ラビさんも、ほかの人もそうだけど、全然私のこと見てくれないでしょう?今の私は、本当はラビさんの前で屈託なく笑えるような子じゃないんです。まだ、自分の中に記憶がなくて、それが心細くて、今の私に気を遣わずに、私と思い出を作ってくれようとしてるリナみたいな人が本当に支えで・・・・本当は全然明るい子じゃない、本当は、寂しくて、本当の意味でそばにいてくれる人が必要な人間なんです。
だから私、ラビさんと一緒にいると、いつも辛いです。私の目を見ようともしないし。・・・私、ラビさんが望むユリアじゃないです。」

ラビさんの気持ちを無視して、彼を猶更傷つけるような言い方になってしまった。しかし私は、それでいいと投げやりな気持ちで言ったわけじゃない。ラビさんもきっと辛いのだろうけど、私の辛さも知ってほしかったのだ。自分を見てもらえないことで、どれだけ自分を否定されているのかを。

「ラビさん、ラビさんはどう思っているんですか。」

私は自分のことを言い切って、少ししてから聞いた。ラビさんが、俯けていた顔を上げる。
私は、自分の辛さを知ってほしいとも思ったけれど、ラビさんの辛さも知りたかった。そうしなければ、きっと私たちはいつまでもボタンを掛け違ったままだ。

「教えてください、ラビさんが今まで思ってきたこと。」

もう一度、言葉を変えて言ったとき、ラビさんと目があった。
ラビさんは私の目を見て、少し目の色を変えた。
ちゃんと向き合おうとすれば、こんなに簡単に彼と目が合わせられるなんて、ちょっと自分が馬鹿みたいだ。もっと早くこうするべきだったのかもしれない。辛いからと、そむけるんじゃなくて、解決策を模索していればよかった。

ラビさんは、小さくつぶやいた。

「・・・さ。」

私は聞き取ろうとちょっと前かがみになる。

とたん、腕をつかまれ、引き寄せられた。驚いて、ラビさんを見ると、強い瞳に出会う。

「好きなんさ。」

ラビさんの声は、震えていた。


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