香る纏う花の色 | ナノ

過去は恋味

ユリアがユウの上に転んだのは、事故だってわかっている。それに、ユリアはもう記憶を失って、俺のことを好きだといってくれたことも、好きだという気持ちも忘れてしまったのだということも、わかってる。
それでも、どうしても苦しかった。ユリアはもう、以前とは違うとわかっているのに。ブックマン後継者として、ユリアの情報は完璧に記憶したのに。もう、記憶が戻る可能性は低いとわかっているのに。
わかっているのに、望んでいるのだ。いつかユリアに記憶が戻るんじゃないかって。また、彼女との将来を考えられるんじゃないかって。
こんな俺が、ユリアを苦しめていることも、俺は知ってる。だから俺は、彼女と目が合わせられない。


***


ユリアのいた村は、少し閉鎖的な村で、因習にとらわれている部分があった。
成人年齢は低く、14歳ぐらいだっただろうか。女性は成人すると、なるべく早く結婚をすることが望まれていた。女性の最大の幸せは結婚だと決めつけられている部分も少なからずあって、大体の家庭には拘束力は弱いが許婚を決めているところもあって、ユリアの家もそうだった。拘束力が弱いとは言っても、それは村人の間限定、という面がある。つまり、結婚したい相手が、許婚以外の村の人間だったら、容易に結婚相手を変更することは可能だったが、外から来た人間にはそれは認められないということだ。ユリアの村は、よそ者が村に入ることをあまりよしとしていなかった。もちろん、外の人間と交流を深めるなんてもっての外。俺とジジイが村への滞在を許され、それなりに仲良くできたのは、俺らが必ず村から去っていく人物だとわかっていたからだ。

だから、俺とユリアが村の御神木で毎日のように会話をしていることが発見された時、それなりに仲が良かったはずの村人は対応を一変させ、俺とジジイを危険視するようになった。
村人は俺とユリアが逢引していると勘違いしたのだ。誤解だという弁解は聞き入れてはもらえなかった。村から少し離れた御神木で二人っきりだったというのが良くなかった。
ユリアと俺は会うことを禁じられて、特にユリアは、家の中から出ることを許されなくなった。俺とジジイが村から去るまで、ユリアの外出は許されず、俺とジジイはこんな状況で村に滞在するのはよくない、ということで支度を始めることになった。

『ユリアには悪いことしちゃったさ。』

俺はユリアと二度と関われなくなってしまうことに、ひどく残念でさみしい気持ちと、大嫌いな警告を聞かずに済むことへの安堵の気持ちを感じていた。

『あれほど波風立てんようにと言っておったのに、簡単に破りおって。』

支度を進めながらジジイは、厳しい口調で叱った。

『こんなことになったのは、お前がユリア嬢の気持ちに気が付かなかったからだ。お前もそれほどユリア嬢に腑抜けたか。』

そういわれて初めて、俺は自分がユリアに恋をしていて、ユリアも俺と同じなのだと気が付いた。今まで俺がユリアに感じていた苦しさと強烈な癒しは、そういうことだったのだ。そして俺は自分のことに精いっぱいで、ユリアの気持ちに気が付けなかった。

『お前の変化を忙しさにかまけて修正しようとしなかったわしもわしだがのう・・・』

ジジイは自分の過ちを悔いるように一人つぶやき、ため息をつく。それもつかの間、先ほど感じていた後悔を切り捨てたように表情を変えていった。

『支度の準備が整ったら、次の記録地に移るぞ。それまでにユリア嬢への気持ちは切り捨てておけ。』

ジジイが言うみたいに、簡単に切り捨てれるほどの感情しかなかったら、きっとこれは恋ではないし、後に俺が同じ過ちを繰り返しもしなかっただろう。じじいはこの時、俺を叱る言葉を間違えたと知っているだろうか。


出発の朝、村人たちは妙に上機嫌だった。
ユリアと俺の御神木での出来事が発見されてからずっと、俺とジジイを邪険に扱っていたというのに、出発するということを聞きつけて、みんなが見送りに来たのだ。
俺がいなくなるのがよっぽどうれしいんさね、と俺は心の中でつぶやいた。きっと、ユリアがよそ者とくっつかなかったこととか、村がまた内輪だけで成り立っていくことが嬉しかったのだろう。見送りは好意的かつ短めなものだった。

『ディック!!』

好意的な雰囲気が崩れ去ったのは、その声が聞こえた瞬間だった。ちょうど俺とじじいは、村に背を向けて歩き出したところで、村人は俺たちの背中が見えなくなるまで見守っているところだった。ユリアはそんな村人の層を潜り抜けて、俺のもとに走ってきていた。
追いかけてユリアを捕まえた村人に連れ戻されて、ユリアは俺たちのところまでたどり着かなかったが、振り返った俺と目が合って、ユリアは叫んだ。

『待って!私もつれてって!』

村人はそんなユリアの願いを断念させるべくそのままユリアを押しとどめ続けた。そして俺も願いを聞き入れられずに後ろを振り返り見つつも去り続けた。ユリアは俺の立場も、ユリアの願いが聞き届けられないことも、すべて分かっていたが、同じ言葉を叫び続けた。
俺は彼女のその姿を見ることができなくて、前を向いて歩く速度を速める。目頭が熱く、手のひらに爪が食い込んで痛かった。

『我らはブックマンだ。その意味をもう一度考え直せ。』

俺の様子を見て、ジジイが低い声で俺を戒める。

『・・・・わかってる。もう、こんなことないようにするさ。』

俺は自分ができるかどうかわからなくても、そう言った。そうしなければいけないと思った。
ブックマンは、傍観者でなければいけない。感情を持てば、歴史を正しく認識できない。感情は、いらない。持つべきじゃない。
俺は心の中で念じながら、隣のブックマンと並んで歩いた。


prevnext
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -