香る纏う花の色 | ナノ

問い

駅から出ると、時刻が昼ごろということもあってか、日差しがまぶしかった。車内の制限された光になれた目には、少々痛い。目の奥がつきんと痛む。
おくびにも出さぬが、俺は一度だけ長い瞬きをして、歩き出した。目的地は、駅から少し遠い。そのため、何か交通手段をつかまえるつもりだ。

「神田さん。」

歩き出した俺を、ユリアが呼び止めた。俺について来る気配が無いので、俺も立ち止まる。

「なんだよ。」

早く任務へ行きたい、と気が急く。
今回の任務は、ユリアの力が必要ではあるが、比較的すぐに済みそうなのものだ。そのため、できればあまり時間はかけたくない。
ユリアのほうへ振り返る。ユリアは俯いていた。しかし意を決したように顔を上げ、俺をまっすぐに見つめた。

「神田さんは・・・」

言いづらそうに、ユリアは口を一度はつぐむ。一度は閉じた口を二度ぱくぱくと開閉し、それから、ユリアはまた意を決して開いた。

「自分でも、わけがわからない、過去や記憶が、大切ですか?・・・その、女性がそうであるように。」

胸にひゅうっと、何かが駆けた。こいつはいつ、俺のことを"見た"のだ、と疑う。俺のどこまでを"見た"、人の過去は、"見え"ないはずではなかったのか。
警戒心をあらわにしてユリアを睨むと、彼女は言いつくろった。

「ごめんなさい。違うんです。見ようと思ってみたわけではなくて、本当に気がついたら見えたんです。でも、神田さんの過去を見たわけじゃないんです。そうじゃなくて、神田さんに取り巻くものが見えた、っていうか。リナとイノセンスの力を確認したときにはこんな力なかったのに。」

本人も動揺しているようで、目が静止どころを見失っている。
「落ち着け」と俺はユリアに言った。ユリアは俺の声が聞こえるとすぐ、背筋をぴんと伸ばして、直立不動になった。ユリアは俺の次の言葉を律儀に待っている。

「・・・任務に行くぞ。」

俺が質問に答えると期待していたのかもしれない。ユリアは目を見開いて、数瞬遅れに返事をした。



***



任務へ出発する少し前、ラビから頼まれたことがある。
自分は意気地なしだからきっと、ユリアに嫌われてまでそばにいることはできない。だから、頼むから、俺がユリアの前で普通でいられるようになるまで、彼女を守ってはくれないか。
ラビはそう言って、頭を下げた。
俺は、誰がするか、と最初は言った。しかしラビが、せめて今回の任務だけでもというので、引き受けた。そもそも今回の任務は、ユリアがいなければ成り立たないものだったのだから。

引き受けたが、つくづく思った。ユリアを守るなんてできるのは、あの馬鹿な兎だけだな、と。ユリアに関して、全てを許せるものでなければ、守るなんてできやしない。

「神田さん、本当にごめんなさい。」

ユリアが目のイノセンスを発動させているのを複雑な心境で見守っていると、俺を視界に入れないようにしているユリアがぽつりと言った。

「・・・もういい。」

これ以上触れられても、どう返事していいのか分からないので、とりあえず線を引いておく。

「過ぎたことをいちいち蒸し返すな。」

「あの、でも・・・」

駅での自分の質問に答えて欲しいのだろう。

「集中しろ。」

「はい。」

俺はユリアのその気配を断絶して、任務へと気を取り直させた。

今回の任務は、『触れたものを不幸にする石』だと巷で噂になっているものの解明だ。綺麗な赤い宝石で、何人かの手を経て、現在は博物館で展示されている。その石に触れた全員、同じ様な死に方をしていることが報告では分かっていた。そのせいか、俺には宝石が血のように光って見えた。
イノセンスの仕業か、はたまたAKUMAの仕業か、確率は五分五分くらいである。

イノセンスとのシンクロ率が低下した今、ユリアは対象の石を見るのにだいぶ時間をかけていた。俺はユリアがイノセンスを発動して無防備になっている間、周囲を警戒していた。とはいっても、博物館の展示をガラス越しに見ているユリアの、周囲どころか博物館内には人間はいない。いるのは、展示品に触れぬよう監視する館員だけである。その館員も、ユリアが見たところによるとAKUMAではなかった。

じっと、館員はユリアを見守り続けている。俺はその視線がただの好奇心であることを時折確認しつつ、周囲を警戒した。

と、ユリアが息を吐くのが聞こえた。

「終わったか。」

振り返ると、ユリアが俺のほうを振り向いていた。
目と目が合う。俺はすっと腹の底に冷えたものがかけるのを感じつつ、けれど表には出さなかった。ユリアの目の色は、青だった。
ユリアは、イノセンスを発動すると、目の色が以前は金色だったのが、今は黒になるようになっていた。髪の色は、"あの日"からずっと、黒色だったが、目の色だけは、青に戻るようになっている。俺はユリアがいつ"見え"ていて、いつ"見え"ていないか目の色で判断していた。

「イノセンスでも、AKUMAの仕業でもありませんでした。」

ユリアはそういって、赤い宝石のほうを見た。

「偶然、のようです。」

ユリアは、偶然、という言葉を強調した。

「偶然か。」

「はい。偶然、です。」

偶然の割には、険しい表情をしているユリアに、俺は、そうかと納得したようにうなずいて見せた。

「わかった。ならば別に問題はない。引き上げるぞ。」

俺は先に歩き出した。

「はい。・・・お騒がせしました。」

「あ、いえいえ。」

そばで見守っていた館員に、ユリアは軽くお辞儀をして、先に行く俺の後をついてきた。




***




「・・・気づかれたかもしれねえな。」

先ほどの不審すぎるユリアの表情を危惧しぽつりと零した言葉をきいて、ユリアが明らかに動揺した。

「お前、あの下手くそな芝居で、ばれねえと思ってたのか?」

今のユリアなら、すいません、などが帰ってきそうだったが、ユリアはそれどころではないのか、落ち着き無く自分の手を握っていた。

「それで、何が分かったんだ。」

その様子を無視して聞くと、ユリアは不安そうな声で返答した。

「あの宝石、イノセンスです。」

「じゃあなんで博物館で言わなかった。」

「・・・館員の人、様子がおかしかったでしょう。」

「お前を、興味津々そうには見ていたが。」

「え。」

俺の言葉をきいたとたん、ユリアの顔がみるみる青ざめていった。

「なんだ。」

「・・・あの宝石の周りに、人がいたんです。何人も。全員、宝石に触れて亡くなった人たち。」

目を泳がせながら、ユリアは言う。次第に声が震え始めてきた。

「声は聞こえないけど、皆口をそろえて、言ってるんです。『危ない』『逃げて』『その人は危険だ』って。全員、あの館員の人を指差して。」

「あの館員は、何者だ?」

「・・・たぶん、あの人が・・・」

まるで、信じたくない、といわんばかりにユリアが目と口を閉じる。口に出すと、本当になってしまいそうで恐ろしいのかもしれない。俺は、ユリアが口を開くのを待った。

「・・・皆を、殺害したんです。・・・全員に、同じ、刺し傷が・・・」

ユリアが、おびえたように自分を抱いた。

「何をそんなに怖がってんだ。」

俺は、あの館員が、殺人鬼だからといって、ユリアが恐れる理由が分からなかった。ユリアはまだ新人とは言え、エクソシストである。最近は、新しいイノセンスにも適合し、攻撃力も得た。館員の様子から、ユリアがあいつに狙われていることは断言できるが、だからといって、自分の身を守ることぐらい、簡単ではないか。

「もし、さっきの館員がお前を狙ってるとしても、お前にはイノセンスがあるだろ。」

ユリアは、息を吸い込んで言った。

「私のイノセンス、AKUMAにしか通用しないんです。」


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