二回目
「お帰り、リナリー、ユリア君。」
任務から帰還して、一番に出迎えてくれたのはコムイさんだった。両手を広げ、私たちを迎えたコムイさんは普段から細い目が閉じてしまっているんじゃないかってくらい目を細め、にっこりと笑顔を浮かべていた。その表情の持つ温かさは兄妹そろって私の口角を上げさせてくれる。
「初任務ご苦労様。」
コムイさんは言葉に何のつまりも無く、私に労いの言葉をかけた。此処も、やっぱり兄妹だ。どうしてこうも心地よく受け入れてくれるのだろう。私はその優しさに甘えてばっかりだ。
「どうだったかい?」
「ちゃんとできました。」
「リナリーは何か気づいたことはあるかい?」
「問題ないと思う。慌てず慎重に進めれたもの。」
「イノセンスの調子は?」
「良好です。もう少し訓練したらもっとよくなると思います。」
「そうか。よかった。」
コムイさんとしばらく口頭で軽く任務の報告をする。コムイさんは一つ一つ私のことを気にかけて質問してくれた。
「それで帰ってきて早々、ユリア君には悪いけどすぐに次の任務に向かってほしいんだ。」
あらかた任務のことを話し終えると、コムイさんはそう切り出した。
「ユリア君じゃないと手に負えないかもしれなくてね。」
「分かりました。」
私は小さく息をついた。
「大丈夫かい?」
コムイさんが私の小さなため息に気づき声をかけてくれた。私は慌ててそれを取り繕う。
「大丈夫です。」
「それならいいんだけど・・・あ、次の任務は神田君とだから、よろしくね。」
「あ、あの鬼の神田さんですか・・・」
「神田君との訓練はよっぽどきつかったようだね。」
「それはもう!」
即答すると、コムイさんとリナはちょっと笑った。私は少しだけ恥ずかしかった。
「一時間後に出発だから。」
「はい。」
コムイさんの少しからかうような瞳にあいながら、私は室長室を後にすることになった。
***
「神田さん、今回の任務よろしくお願いします。」
初めて神田さんから訓練を受けたときから、神田さんの性格についてはなんとなく分かっていた。だけど、だけど、だ。
「足ひっぱらねぇようでしゃばるなよ。」
神田さん、それはひどいんじゃないですか。
地下水路の船に乗り込む直前の会話だった。これから任務っていう引き締め時に神田さんのこの言葉は・・・少々盛り下がる。
「任務前なんですから、もう少し優しくしてくれてもいいじゃないですか。」
「誰がてめぇみたいなのろまに優しくするか。」
「・・・まだ新米なんですよ・・・」
「この戦には関係ないことだ。」
「・・・はい。」
「・・・・お前、少しは言い返せねぇのか。」
「神田さんに逆らうつもりなんて毛頭ありませんよ?」
「・・・・」
神田さんが舌打ちをした。
「あの・・・神田さん。」
「何だ。」
「もしかして、言い返してほしいんですか?」
「は?」
「そういうご趣味でしたら遠慮なく、」
「んなわけあるか。」
「あ、ですよね。」
神田さんに限ってそんなわけないか。
このリズムのいい会話が途切れると、神田さんは軽々と小船に乗って、船の後方に座った。さすがだなあ、と感心していると神田さんが早く乗れとせかす。私は小船がゆらゆらと揺れるタイミングに合わせて体でリズムを取りながら、乗るタイミングをはかった。
「のろま。早くしろ。」
「は、はい。」
私はそっと右足を差し出し、小船に片足を乗せる。そしてひょいっと左足を右足に追いつかせた。
「よ、っとっと。」
何とか乗れた。ほっ、と息をついたそのときだった。
「ユリア!」
私は聞こえてくると思っていなかった声に盛大に驚いた。
「わぁっ!!」
声をあげた私はバランスを崩しそうになる。神田さんの舌打ちする音が聞こえた。
ぐいっと腕を引っ張られ、そのまま船の後方に倒れるような姿勢になる。どん、ばしゃっ、と私が倒れる音と水しぶきがあがる音がした。
「いったた・・・」
左ひじを船の縁にあてたけれど、どうやら神田さんのおかげで、私が船を転覆させてしまうという危機を脱することができた。無様にも私は足を船の縁から投げ出した状態で神田さんに寄りかかっているのだけど。
「っの馬鹿が!」
「す、すいません・・・!!」
神田さんに叱られ、まだ体勢を立て直していない状況で私が彼に謝っているとき、その人は来た。
ラビさんはこの私たちの状態を見て、ちょっと、というかかなり衝撃を受けていた。
ラビさんと目を合わせて固まってしまった私は、神田さんから頭をはたかれてその体の硬直を解く。
「早くどけ。」
「すいません。」
無様な格好から脱せた私は、居住まいを正してからラビさんのほうを向いた。
「ラビさん、どうしたんですか?」
「あ、いや、任務行くって聞いたから・・・その・・・」
ラビさんは私がラビさんを見上げる形になっているので俯くことができず、視線をさまよわせている。
「ラビさん?」
私はそっと、ラビさんの次の言葉を促した。
「だから、ユリア・・・いってらっしゃい。」
ラビさんは、最後まで私と目を合わせることは無かった。私はそのことに目ざとく気づきつつ、歯を見せて笑った。
「はい、いってきます。」
「お、おう。」
小船が出発する。しばらく歯を見せて笑っていたけれど、ラビさんの表情が視認できなくなると、だんだんと笑みは失せていく。
「・・・気持ち悪ぃ。」
「え?」
「その笑顔、気持ち悪ぃっつってんだよ。」
神田さんは、正直に吐いて捨てた。
「・・・分かってます、そんなこと。」
私は揺れている水面を見ながら、神田さんに返したわけでもない言葉を返した。
・・・そういえば、ラビさんと目が合ったのはこれで二回目だろうか。
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