香る纏う花の色 | ナノ

心と体

築き上げられた小さな山は、私を芯から震え上がらせるには十分すぎた。一人だけでも十分衝撃的な事態が、大規模で起こっている。

「ユリア!」

リナの声で私は我に返った。
目の前にレベル2のAKUMAが迫っている。私はとっさにイノセンスを発動させた。
右腕にくくりつけていた髪紐に"命"が宿る。それを左手で引っ張り出す。左手と右手で髪紐の端をしっかりと握り体の前でぴんと張る。髪紐は、決して絡まることはない。

「っ!」

防壁が作り上がった直後、衝撃が腕に伝わった。AKUMAの攻撃を直に受けるよりかは十分にましだ。さらにこの防壁にはイノセンスの力がある。

「グ、がァああアあ!!」

殴りかかったAKUMAは腕を抑えて喚いた。防壁に触れた部分はただれている。

私の装備型イノセンスは、言うなればイノセンスの力を宿した結界装置だ。AKUMAが触れれば猛毒である。訓練すれば、防壁を武器にだってできる。
だけど今は、これが精一杯。だからAKUMAを怯ませたらそこからはリナの出番だ。

「はぁぁああっ!!」

大音声とともに、AKUMAの脳天をリナが貫く。爆発音が鳴り響く。

「・・・・ふう。」

AKUMAを破壊し終わって、リナは息をつきながら発動を解除した。私もつづいて発動を解く。

「ユリア、大丈夫?」

「うん。」

私は何も繕わず言った。私の声が低いので、リナは心配そうに私の顔を覗き込む。

「顔が真っ青よ。無理しないで。」

「あ、うん。ありが・・・っっ!!」

リナと目を合わせようとすると、彼女の向こうに山が見えて、私は思わず口を抑えた。

「ごめ、」

言い終わらないうちに私はすぐさま道からそれた草むらに駆け込んで、吐いた。
リナが私の後を追って、私が吐いているのに気づく。彼女は何も言わず私の背中をさすってくれた。

「はぁっ、は・・・」

浅い呼吸を繰り返す私に、彼女が隣で囁く。

「大丈夫。ゆっくり、息を吐いて。吸って。大丈夫よ。」

徐々に落ち着きを取り戻しはじめた私に、リナが優しく頭に右手を乗せて、もう一方で私を引き寄せた。
彼女の拍動の音が、さらに私を落ち着けていく。

「・・・ありがとう、もう大丈夫。」

呼吸も安定した私は、そっとリナの肩を押した。私の顔を覗き込み、顔色をきちんと確かめてから、彼女は私を離して立ち上がった。

「初めてだったものね。」

リナは私が死体を見ないように立ち回った。

「うん。」

落ち着いたとは言え、あまり話しができる気分ではなかった。リナは私の頭をもう一度撫でると、そのまま歩きだした。私は彼女の少し後ろをついていった。

今回の任務は、外れだった。ただAKUMAが奇怪を起こしていたというだけ。あまりレベルも高くなかったし、リナがついていてくれたからきちんと遂行できた。"初めて"だったから慎重に進めたのが良かった。

「お疲れ様。」

「うん、お疲れ様。」

一言だけ、リナが声をかけてくれた。穏やかな声だった。
私は徐々に血の気を取り戻してきた顔に少しだけ笑みを浮かべた。彼女の優しさにつられて、いつの間にか口角が上がり、目が少し細まったのだ。

「ねえ、リナ。」

「どうしたの?」

帰りの列車の中、私は彼女にもたれかかりながらぽつりと言った。

「私、ラビさんにちゃんと言おうと思う。」

「・・・そう。私もそれがいいと思うわ。」

「うん。」

彼女は私の肩を抱き、それから私の頭の上に彼女の頭を軽くのっけた。
私は、心地よい温度にゆるりと瞼を下ろす。自然と口角が上がるのを感じた。

今の私には、微笑むぐらいがちょうどいい。これが今の私には心地がいいのだ。
ラビさんとはぶつかってでも離れるべきだった。私が彼の前で微笑むことができるようになるまで、そうしているべきだった。きっと、今からでも遅くは無い。この選択は間違っていない。

「私もついていきましょうか?」

「ううん。ちゃんと自分で言うよ。」

「分かったわ。」

私の横髪をゆるりと撫でるぬくもりに確かな安心を得て、ああきっとこれが仲間なんだな、と私は思った。
ラビさんとだって、いつかこうなれるといいな。私は、そう希望を持つことにして、ラビさんとぶつかる決意を固めた。


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