香る纏う花の色 | ナノ

忌避

私は、時々リナが見せる表情が苦手だった。私を咎めている、そんな表情。それはいつも私が何かを嫌悪しているときに現れる。

記憶をなくしてから、今までで私が嫌悪するもの。それは、まさしく私の過去の記憶だ。
一度自分の手を離れた、取り戻したいという思いがよぎりすらしない、私の過去。すでに異物だとしか思えなくなっているほど、私は嫌悪している。

へブラスカはあたらしいイノセンスが以前のイノセンスを毛嫌いしている影響だと言っていたけれど、私はそれだけじゃない、と思う。きっとそれは、私が目を覚ましてから今までで感じ取って来たことのせいもあると思う。

記憶喪失だからと余計な気遣いを見せる人。記憶を戻そうとしてあれこれと必死に話をする彼。
そんな人たちと接していると、こう思えてくるのだ。
なぜ私は、記憶がないことで普通じゃないとみなされてしまうのだろう。と。
記憶がないのは、仕方が無いことだ。なのに多くの人は過去ばかりをみて、今の私を見ようとしない。今の私は本当の私とは違うと思いこんでいる。
今の私を無視、あるいは否定されているようでならなかった。

私はずっとこの考えが頭から離れない。
記憶がなくなってもう二週間は経った。固着しはじめてしまった失った過去への嫌悪を私は自力で拭い去ることができそうもない。


***


「ねえ、リナはAKUMAに殺された人をみたことがある?」

気づけば、そう口にだしていた。
列車の中ではずっと無口だった私が、開口一番に発した言葉がそれだったのでリナは少し驚いている。

「どうして急に?」

だんだんと人の気配が少なくなるのを肌で感じ取りながら私は彼女をちらとみた。

「自分でも、わからない。けどなんだか聞いてみたくなって。」

本当は、出発前のリナの言葉が意識下に存在していたから出て来た言葉なのかもしれない。その言葉を聞いたときの感覚が妙にまとわりついていたということもある。
けれどこんなことを言って彼女が変に勘ぐってしまうといけないので言い出せなかった。

「・・・そう。・・・私は、みたことあるわ。エクソシストをしていれば、避けては通れないことだもの。」

「そっか。」

「こんなこと言いたくないけど、割り切るしかないと思うわ。」

地を踏みしめる足取りは確かで、リナは歩く方向をまっすぐに見据えていた。私は彼女のその横顔を時折見ては、拳に力を入れ直す。
そしてまた、私は閉口する。

「そろそろ、目的地よ。」

「あ、うん。」

彼女が視線を遠くに馳せているのを、私は横目で眺めた。
彼女のその姿には、エクソシストとして頼れる何かが確かにあった。年上の女性としての気品があった。悔いを残さず進もうとする力強さがあった。
私は彼女のように、遠くを見れるようになりたくなった。後ろは振り返らず、すうっと前を見つめられる強さが欲しくなった。


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