再出発
腰に筒を下げた。きちんと団服を着用した。髪もきちんと括った。ジェリーさんからのお菓子袋も携帯した。
私は一つ一つのことをきちんと指差しで確認した。
空は快晴。風は微風。気温もちょうどいい。
これもそのまま調子に乗って指差し確認。
「任務日和だ。」
自分の部屋で一人私はつぶやいた。
自分の部屋、といってもこの部屋は記憶がなくなる前の私が使用していた部屋ではなく新らしい部屋だ。以前の部屋はもうとっくに然るべき処置を施し、新しい団員か誰かのために空けてある。
自分でない自分の部屋を使っても、気持ちが悪いだけであったからだ。
それに加えて私はシンクロ率の調整をしたあたりからもう記憶は戻らないだろうとへブラスカに言われていたし、一度無くなった、しかも実体の無いものにしがみつく必要性も感じなかったから、以前の私の私物などのことも残しておく必要性も残したいという願望もなかった。だから、部屋を空にした。
リナが部屋を片付ける私に厳しい視線を向けていたから、新しい部屋に移った当初はなんだかリナに申し訳ない気持ちが少しだけあったが、今ではもう快適である。
自分の部屋というものをきちんと持つことができて、そこから自分の生活がスタートし始めると、やっと自分の住むべき場所は此処だと私は思えるようになっていた。
支度を完璧に終わらせた私は、リナの部屋へと向かった。彼女の部屋は結構私の部屋と近くてすぐに行き来できるのだ。
任務のためにいつもより早く起きた私が彼女の部屋へ行くと、彼女もちょうど支度を終えたようで笑顔で迎えてくれた。
「おはようリナ。」
「おはようユリア。」
晴れやかな気分で挨拶をすると、上品な笑みと挨拶が返ってきた。
「今日は朝早いのね。」
「もちろん任務のためだよ。気を抜かずにがんばらなくちゃいけないから。」
「気を抜くところとそうでないところの使い分けしてね。」
初めてあった日の特訓でも言ってくれた言葉だ。まだ、此処に来て期間は短いけれどもう思い出ができている。
「うん。」
私はうれしくて満面の笑みでうなずいた。
「さ、いきましょ。」
これから、任務の説明だ。コムイさんのところにいく。そこで資料をもらったりするらしい。
「いこう!」
私は張り切って、思わず室長室まで駆け出していた。
「ちょっとユリア!」
年下である私を注意する、年上のお姉さんらしいリナの声はなんだかくすぐったかった。
けれどあんまりにも張り切り過ぎてはしゃぐ私に、室長室にたどり着く直前でリナの制裁が加わった。
「ユリア。張り切るのもいいけど、あなたは少し任務を甘くみてるわ。任務では死者が出ることもあるのよ。」
頭上から、何か冷たいものを浴びせられた気がした。リナから滲み出る威圧もそうだけれど彼女のその言葉に体が反応したのだ。
一体彼女の言葉のどこに反応したのかはわからなかった。ただ彼女の言葉の何処かに何か恐ろしいものを思い起こされた気がした。
でも"思い起こされた"なんてそんなはずない。だって私の記憶は戻るはずがないのだ。
「・・・さ、そのことをちゃんと理解したなら行きましょう。」
リナは私の表情に何をみただろう。
瞳をちらりと光らせて、室長室のドアへと振り向きながら私に言ったのだった。
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