リセット
教団へと"帰って"から6日目のこと。言い換えると、私が記憶を失ってから6日目のことだった。一昨日と同じように鬼のような神田さんの訓練が始まるのかと少し憂鬱になっていた頃に、文字通り飛び込んできた人がいた。
「おいユウ、なんで俺に知らせねぇんさ!」
赤毛で、片目に眼帯をしていて、バンダナを頭につけている人。見た目はなんだか少しふざけているのかと思ったけれど、表情は真剣そのもの。
そんな眼帯さんの目的は、神田さんになにか抗議することみたいだった。
「ブックマンに口止めされていた。」
ブックマンは、確か目の周りが黒い人だった。ヘブラスカの間にいた時、ちらと姿だけ見かけた。後でコムイさん辺りに教えてもらったのだったっけ。
話の内容はあまりつかめず私は二人を遠くから見続けるよりほかなかった。眼帯さんの剣幕が怖くて、近づけなかったのだ。よく神田さんは涼しい顔をしていられる。
「それでも・・・!!」
眼帯さんが神田さんの胸倉を掴み上げる。とめなくちゃ、と思った矢先に神田さんが眼帯さんを組み伏せていた。
「こんぐらいで心乱してんじゃねぇよ。」
「このぐらいってなんなんさ!」
「はっ、死ぬよりかはいいんじゃねぇか?」
「なっ・・・」
ジタバタ暴れていた眼帯さんの動きが止まる。ここまでだけを見ると直情的な性格の人っぽい彼が、なんとなく可哀想に思えてきた。客観的に見れば、彼は突然神田さんに突っかかってきている人で、どちらかというと彼に非があるのだけれど。
そういえば彼は、服装からして私と同じエクソシストだった。エクソシストの人はあらかた紹介してもらったはずだったが任務か何かでできなかったのだろうか。
「あの・・・かんださーん・・・」
私はそうっと、まだ緊張状態の二人の糸を緩めるよう呼びかけてみた。眼帯さんのほうは、名前がわからなくて、呼ぼうと思ったけど、できなかった。
ばっ、と顔を動かしたのは眼帯さんのほう。神田さんは視線は眼帯さんへ向けたままだった。
私は動きがあったほうにつられてそちらをみた。眼帯さんと目が合う。彼は私を見るとかなしそうな、それでいて少し安心したような表情をしていた。
私はその表情で悟った。この人がきっと、私と一番思い出がある人なのだと。いままで顔を合わせた皆と、はっきりと違う顔をしてみせたこの人は、私のことを一番良く知っている。
私は咄嗟に、微笑みを浮かべて彼の元へと歩いていた。
「とりあえず、紹介してくれませんか?
エクソシストの方、全員紹介してもらったはずだったんですけど、この方とは初対面なんです。」
「あ、ああ・・・」
神田さんは眼帯さんを押さえつけていた手を離した。眼帯さんはゆっくりと起き上がった。
「こいつはラビだ。ブックマン後継者。」
「えっと・・・よろしくさ。」
「私、ユリアです。よろしくお願いします、ラビさん。」
「あ、おう・・・・」
彼は目を伏せた。長くて綺麗なまつげが少し震えている。だいぶ、私は彼と親しかったようだ。どういう関係だったのかはわからないし、むしろ知りたくないけれど、少し気の毒だと感じているのも事実で。
とりあえず私は、嘘っぱちの笑みを浮かべて、彼に手を差し出す。
彼は弱々しく手を握って、握手をした。
きっと任務で一緒になるときもあるだろうから出会ったら挨拶ぐらいは必要だけれど、この人とは、私からそうそう関わることはないようにしよう。
私は、戸惑う彼の姿を見て、なんのためらいもなく決めていた。私と親しかった彼の気持ちも何もかも、どうでもいいとさえ考えた。
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