香る纏う花の色 | ナノ

時間

部屋へといく道すがら、いろんな人からの視線を感じた。悪気があるわけじゃないのよと、私と同じように視線を感じたリナがちょっと困ったように笑いかける。私は別に気にしてないよとなるべく屈託ない笑顔を繕って、彼女のちょっと後ろをついていく。
歩みを進めるこの場所は、初めてだという感覚しかしなかった。記憶をなくす以前にここで暮らした時間が短いからだろう。もし、ここが私にとってかけがえのない場所であったなら、まるで物語のように身体が覚えている、とかあったのかもしれない。

「ここがあなたの部屋よ。」

私のだという部屋へと入る。部屋はうっすらと埃がかぶっていたけれどつい先日までここに誰かが毎日寝起きしていたことがありありとわかる部屋だった。
小さなテーブルの上には数冊本が積み重なっていたり、ここを出る前に掃除をしたのだろうか。掃除用具がそのまま放置されていたりする。

「どう?」

リナがわずかばかり緊張した面持ちでこちらをみた。彼女は、私の記憶が戻って欲しいようだった。彼女とはたぶん知り合って間もないはずだけど彼女は私を、女性が少ない教団では新しい妹のように考えていたのかもしれない。

「えっと、何も変化なし、かな。」

彼女の期待に応えてあげたいのは山々だけれど、嘘は言えなかった。

「まあ、そうよね。ここに来て間もなかったんだし。」

少し残念そうな彼女をみて、私は慌てて話題をそらした。

「ねえ、もうお昼時だし昼食を食べに行こうよ。」

「そうね。行きましょう。」

「すごくお腹空いてるの。」

「ユリアは寄生型だから、たくさん食べるものね。」

ここへ来てから、今まではあまり人目に触れないようにされていたから、やっとできたての美味しい食事を食べられるかと思うと唾がたまった。

「甘いものたくさん食べるつもり!」

「ふふ、相変わらずね。」

リナはまた、ちょっと悲しそうに笑う。
ああやってしまった。私は苦虫を噛んでしまった気分だった。
不用意に自分のことを話すと、気づかないうちにヒットしてしまうのだからしょうがないけれど。

食堂へいく道すがら、リナからジェリーさんというなんでも一級の料理を作ってくれる料理長さんのことを聞いた。私がたくさん甘いものを美味しそうに食べていたからいつもそれを陰ながら眺めていることとか、最近見かけなくて心配していたという話や、性別"は"男の人だという話とか、いろいろ。
過ごした時間は短いはずなのによくこんなに私とジェリーさんの間の話がでてくるものだと、少し他人事みたいに思っていた。

「・・・あなたはね、客観的に見ればまだ短い時間しかここで過ごしていないけど、皆からすれば、その短い間にいろいろと詰まってるのよ。」

私は目を見開いて彼女を見上げた。少し厳しい目をしたリナは、もしかしたらずっと、この言葉をためていたのかもしれない。

私は、耐えるように下唇を噛みしめる。

どうして、こんなにも心細いのだろう。


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