香る纏う花の色 | ナノ

恋味の過去

新聞に目を通している間も、食事をしているときも、ずっとずっとユリアのことが頭を離れなかった。
あの時仕方がなかったにしても、彼女を傷つけた罪悪感が拭い去れずにいる。それが尾を引いて何もかもに集中できないでいる。

それでも、無意識のうちになんでもそつなくこなしている自分がいた。こういう時、ブックマンとしての自分と本来の自分との間にある何か奇妙な間を感じる。




48番目の俺は、ブックマンジュニアとして戦争を記録する責務を全うしていた。愛想笑いは板につき、薄っぺらな友情を厚く見せかけていた。案外、人間って表面上だけで付き合っていけるのかもしれないと思う程に、周囲と円滑な関係を築けていた。それ以上に、表面上だけでは結構親しくなっていたと思う。お前は親友だよと言う奴もいた。お前にだから話すけど、といって身の内を吐露した奴もいた。警告のように揺れる精神の水面と上手く折り合いをつけつつ俺はそいつらと関わっていたのに、どうしてこいつらは気づかないのだろう。いい加減気づけよ、と俺は何処かで投げやりに思っていた。俺はずっと、お前らを紙の上のインクだとしか思っていない。いや、インクにもならないとすら判断することもある。

俺のそういうところに気づいたのは、ユリアが初めてだったのかもしれない。

彼女は誰も気づかなかった、俺の外身がハリボテに過ぎないということを一眼で見抜いてしまった。
ユリアは、今イノセンスとしての見抜く力を備えているが、元から、人を見る目はあったように思う。だからこそ、イノセンスがその力をさらに伸ばしたのかもしれない。

『あなたの優しい言葉も、表情も、なんだか生命を感じないんです。だから、本当のあなたが、何も見えなくて・・・』

ただ、実は俺とユリアは最初から仲良しだったわけではなくて、初めて出会って挨拶した日からずっと、避けられ続けていたくらいだった。
どうしてだろうと思って聞いてみるとそういうわけだった。

戦争の記録をまとめるのに好都合だったから訪れたに過ぎない村で。またいつもの型に当てはめてやり過ごすだけでいいとたかをくくっていたから、その不意打ちには強打を食らってしまったのだった。
それから、今度はユリアのことは俺から避けることにした。ユリア個人とあまり交流がなくとも、全体的にうまくいきさえすればよかったのだ。それに、あの不意打ちは俺が大嫌いなあの感覚を伴っていた。

そうしたら数日後、今度はユリアからなぜ避けるのかと問われてしまった。立場が逆になったことにまたも不意打ちを食らった。

(女の子って、わっかんないさぁ・・・)

こんな形で女性と、しかも俺より四歳年下の女の子と接したのは初めてだったから、大いに混乱させられた。

かくして、俺はユリアと、ある程度の交流を始めることになった。ユリアは村の中ではかわいい子供のようなもので、村人のほとんどから庇護する対象だと認められている存在だった。だから俺は手強そうな彼女を前に避けたり突っぱねたりすることは村の人間との円滑な関係が結べないと考えて、普通に接することにした。
相手は、出会ってすぐに俺の嘘だらけの外面に気づいた初めての人だ。これは今までの型では通用しないぞと俺は気を引き締め、新しい型を作り上げることに邁進し始めることにした。
きっと、戦争のときはみんな余裕がなかったから、気づかなかったけれど、兵士よりも余裕がある人たちには気づける程お粗末な型だったのだ。前よりももっと細かいところまで、相手を観察して作り上げて行けばうまく行くはず。

ただ、これが通用したのはユリア以外。彼女の眼力、というよりも生き物の奥底に流れる生命を感じ取る力は、物凄く冴え渡っていた。彼女は意図して操っているわけではなく、女の感に過ぎ無いと謙遜したがそんな、生易しいものではない。俺がどれほど自然体で振舞っているように見せても、どこかしらにほつれがあるのか、するすると解かれて暴かれてしまうのであった。

どんどん自分の外側の分厚い隔たりが壊されていくたび、俺はあの感じに激しく嫌悪していた。耐えられない程ではないけれど、胃がキリキリと痛んだりと身体的にも苦痛を伴うときもあった。こんな苦しいならいっそのこと、と何度もユリアから離れようと思った。こんな苦しい思いをしてまで、誰かと過ごすなんてことしたことなくて、初めてのことに俺は心身ともについて行けてなかった。

こんな状態になっても、俺が笑顔を浮かべてユリアと関わり続けたのは、それを何処か心の奥底で心地よく感じていたからかもしれない。今まで嘘だらけだった俺じゃなくて、本当の俺を見ようとしてくれているユリアに荒療治してもらっているみたいだと、一度だけ思ったことがある。



今思うと彼女との思い出は"恋"そのものだ。甘くて苦いとよくいわれるように、ここまでは、腑抜けになりそうなくらい甘かった。

しかし、恋というのは甘いだけでは終わらせてくれないある意味残酷さがある。必ず苦い部分を味わわされると分かったのは、自分が身を持って体験してからだった。


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