香る纏う花の色 | ナノ

災厄

山のふもと辺りで馬車から飛び降り、山に入る。黒の教団に金額は請求しろと、運転手に吐き捨てたその声をスイッチに山を一気に駆け上った。

後ろのユリアは、ついてこれないだろうと思っていたが、俺についてきている。おそらく、木々に囲まれた山の近くに住んでいてこういうのは慣れているのだろう。
慣れない山道に、普段よりも速度が格段に落ちている俺に比べ、道筋が見えるかのように走っている。

「こっち!」

叫ぶユリアはAKUMAの居場所が分かっているらしい。AKUMAもさすがにこの山越えはきついのだろうか。

いや違う。隠れることができたと勘違いして、空腹を満たすためにどこかでゆっくり人をなぶりごろしているのだ。

「次はこっちです。」

それにしても、なぜこいつはAKUMAの場所が分かるのか。そしてさらに、ユリアの走る道は俺が駆けていた道よりも随分と楽だ。これもイノセンスの力の影響だろうか。


しばらくユリアの示す通りに山を駆けた。すると先ほどのAKUMAの元へと辿りつく。
予想通り、AKUMAは"食事中"だったらしい。
俺は柄に手をかけ、六幻を抜いた。ギラリと六幻の刀身が光り、その反射光によってAKUMAがこちらに気づく。

「エクソシスト!!」

心底驚いた表情をしているAKUMAの、その隙を突いて間合いを詰めた。
AKUMAの周辺は、血なまぐさい匂いで溢れ返っていた。
人が良く通る山道のようですでに二桁に近づく数の死体が積み重なっている。

「っ。」

少し前のユリアが急に足を止める。追い抜きざまかすめるように見えた頬の色は青ざめていた。
――ああ、そうか。こいつは死体を見たのは初めてだったか。

そんなことよりも、と俺は目の前のAKUMAへと神経を尖らせる。
能力が開花したレベル2は侮ってはならない相手だ。今までに何体も破壊してきたが破壊した数と同じくらい何度も背筋が凍る思いをしてきた。一体一体能力が違うことや自我の発現によって、行動パターンが予想しにくくなったせいだ。

相手をじっくり観察し、俺は六幻でAKUMAの正中線に合わせて試しに刀を振るってみる。
金属音が鳴る。AKUMAは腕で六幻をはじいたのだ。体はある程度頑丈らしい。しかし切れないわけではないと直感する。
一瞬の隙をついてAKUMAが反撃した。手のひらが赤く光りだす。用心すべきだと踏んで、後ろに飛びさると、先ほど立っていたところに赤い炎がぶつけられた。

「ちっ、すばしっこい奴め!」

声にだすと息のリズムが乱れると思ったので口には出さずに、てめぇがトロいんだろ、と心の中でつぶやく。どうやらこのAKUMAは能力のパワーが高く、体が少し頑丈なだけでスピードはそれほどないようだ。
だからといってAKUMAを甘く見るわけではなかったが、多少余裕が持てたのは事実だった。
AKUMAはユリアのほうには目もくれず、派手に動いている俺に注意を払っている。そのおかげでユリアはまだ安全だ。

AKUMAはさらに炎を繰り出す。相手の動きがトロいので、避けるのは容易だった。ユリアのいる方向に当たらぬようによけつつ、気づかれないようにAKUMAに近づいていく。六幻の斬撃が確実に届く範囲まで近づいた。

「六幻、災厄招来、界蟲一幻!」

これはただの掛け声とふりだけである。AKUMAがこれに警戒し隙を見せた間に、懐に飛び込み、左斜めしたから切り上げ右から胴を真一文字に輪切りした。


俺の背後でAKUMAは爆発して終わった。
刀を懐紙で綺麗にし、鞘に収める。AKUMAを一体壊したからといって、何があるわけでもない。空虚なものしか広がらない。

先ほどまで、気にも留めていなかった葉擦れの音や、風の音が一気に押し寄せて来る。それらの音は積み上がった屍と、虚しさをより際立たせた。

「おい。」

俺は木偶の坊となっているユリアに言う。

「イノセンスを探すぞ。」

「・・・・」

ユリアはよろよろと、操り人形のように探し始めた。

確かイノセンスは木箱のようなものに入っている小物だという情報だった。AKUMAにイノセンスは毒だから、箱のまま持ち去ったはずだ。
しかし、実はイノセンスとされる小物は、店の老夫婦(だったと思われる)がイノセンスの可能性が高いと言い出しただけのものであり、奇怪を起こすわけでもないため多少信憑性にかける代物だ。しかし、なぜ俺たちが来たのかというと、老夫婦が黒の教団のサポーターだったことで、信憑性にかける部分が補填されたからだ。
イノセンスの見分け役はユリア。そして俺はその護衛役のようなものとしてこの地に訪れている。

「・・・ありました。」

草むらを探していたところ、ユリアがイノセンスを見つけた。その声は葉擦れの音にかき消されそうなくらい、ほそぼそとしていた。ユリアは手のひらサイズの木箱を手に持ちうつむいていた。木箱を見ているのではなく、ただただ、俺の方へと視線を向けたくなかったようだ。俺のすぐ横には死体が転がっていた。

俺はユリアの方へと歩み寄り、死体が見えないような場所に立ってユリアの持つ木箱を見た。
もちちろん、なんの変哲もない木箱だ。これから開ければもしかするとイノセンスがあるのかもしれない。

「中を確かめろ。」

ユリアは頷いて、木箱を開けた。
中に入っていたのは、リボン程の太さの紙紐であった。生糸で作られているのであろう、髪紐の生地は光沢がある。触り心地ももちろん良さそうである。
さらに紅色の生地には緻密な模様が織り込まれており、上品さを醸し出している。

「綺麗ですね。」

ユリアがつぶやくように、誰もが一目見ただけで美しいと感じ、そして価値あるものだと判断する代物である。

しかし、それだけだった。いくら上等なものでも、イノセンスだとわからせるものは何一つない。

「だけどこれって、本当にイノセンスなのでしょうか。」

「そこでお前の出番だろうが。」

いちいち言葉に出さないといけないのだろうかと面倒に思いながらはき捨てる。ユリアは、俺の今の言葉の何処にそのような要素があったかわからないが、なぜかほっと安堵の息をつく。よほど死体の山を見たのが衝撃的だったのだろう。俺のただの言葉にさえもホッとするくらいだ。
はじめは慣れないのかもしれない。慣れていいものではないだろうが。

「じゃあ・・・」

そういってユリアは木箱の中に手を伸ばす。

「待て。」

俺はその手を制した。

「イノセンスの可能性があるもんに、気安く触れる馬鹿がいるか。」

「あ、・・・」

「そのまま見ろ。」

「・・・」

ユリアは無言でうなずき、イノセンスを発動させた。
やつの目が金色に替わり、瞳孔がありえないほど収縮を続けた。これがこいつのイノセンスなのか。やけに物静かである。

十秒、二十秒とたっていくうちにユリアの表情に変化が生まれ始める。何かに驚くように目を見張ったり、言葉を飲み込むように唇を引き結んだりしている。すると今度は目から大粒の涙をこぼし始め、悲しむように下唇をかみ締めた。

一体何を見ているのかと、その表情の移り変わりを怪しんでいると、もう見たくないとでも言うようにユリアがぎゅっと目を閉じた。

「!?」

そのとたん、静電気のような音が鳴り、髪紐からユリアの目へと雷のような光が一閃通った。
ユリアのまぶたがはじかれたように開く。強制的に開かされたも同然だ。

明らかにイノセンスの仕業である。

そして俺が更に驚いたのは、目の色だった。金色だった目の色は黒色に色を変え、いつの間にか明るめの茶髪は黒髪になっていた。

ユリアの表情は険しく、苦痛をあらわしている。
一体何が起こっているのかわからず、そして何をすればいいのかもわからず、俺は何もすることができなかった。

すると今度は箱の中から勢いよく風が吹き出し、ユリアの髪がなびき始める。

「なっ、」

その直後、二度目の、しかもさらに強力な雷のような一閃がユリアの目に"おちた"。

「う、あああっっ!!!!!」

ユリアは叫び声をあげ仰け反り、意識を失ったまま後ろに倒れた。

「おい!!」

咄嗟にその背を支えて受け止める。
意識を失ったはずなのに、それでもユリアは木箱と中の髪紐のイノセンスを話そうとはしなかった。引き剥がせもしなかった。

「おい、しっかりしろ。おい。」

ユリアの体を揺さぶる。雷が落ちた目は確認してみると傷ひとつなく、苦痛はなさそうで、眠っているようにも見える。俺はユリアの頬を叩き、体を揺さぶり、脈を確かめ、しばらく待ち、またそれの繰り返しを行い続けた。しかしユリアは一向に目を覚まさない。

もうすぐ日が暮れようとしていた。


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