香る纏う花の色 | ナノ

言の刃

「ユリアおはようさー。」

「ら、ラビ・・・!!」

ラビは翌日から積極的だった。ちょうど、ブックマンが任務でいないのを良いことに誰が見ていてもお構いなし。すぐに抱きついてくる。私はその都度心臓が爆発してしまいそう。

「だから、みんなのいる前ではダメだって!」

「いいじゃん、どうせじじぃもいないさ。」

離れるよう腕を突っ張ろうとする私とくっつこうとするラビとの甘い攻防。

「あの二人、何があったのよ・・・」

「毎朝、斬りてぇぐらいうぜぇ。」

呆れた視線と殺気のこもった視線が刺さっているのもお構いなし。

「わ、わたしがだめなの。」

「いやなんさ・・・?」

この応酬は何度目だろうと頭の中では考えながらも、懲りずに私は胸をときめかせた。不安そうになる表情に母性本能がくすぐられる。

すぐさまふるふると首を振ると、じゃあいいさね!といってくっつくラビ。どうすればいいのだろうこんなに幸せな悩みが訪れると思っていなくて何をどうしたら良いかわからない。

「ラビー!」

そこにジョニーさんがやってきた。

「ブックマンが今日の午後帰ってくるってさ。」

「マジ!?」

ジョニーさんのその知らせには驚いた。なにせ、ブックマンは当初の予定ではあと三日は帰ってくるはずではなかったのだ。

「どうして?」

私がジョニーさんに聞いた。隣のラビは驚きの表情のあと、顔を真っ青にさせていた。

「それがさ、室長がブックマンとの電話中につい洩らしちゃったみたい。」

コムイさん、絶対わざとだろう。電話をしているときの、コムイさんの薄ら笑いが目に浮かぶ。・・・・それとも、本当に私とラビのことを心配していたのだろうか。

「ブックマン、本当はあと二日はかかる任務を二時間で終わらせたってさ。」

「ジョニーさん、それ言わなくても・・・」

余計ラビをおびえさせるんじゃないだろうか。二日はかかる任務を二時間で終わらせたなんて、よほどの怒りかなにかの感情的な原動力がなければできないわざだ。ほとんど人間技に思えない。

「ま、一応伝えたからね。頑張って。」

ジョニーさんはそういいいおいて去っていった。
私はこれから巻き起こる波乱を、立ち尽くして待つしかなかった。



***



ブックマンは本当に午後帰ってきた。
もしかしたら帰っては来ないのではないかという期待を込めて、私たちはブックマンを出迎えなかった。単に、会いたくなかったとも言える。

その時私とラビは、私の部屋にいた。始終ブックマンに怯えるラビの傍らで私は本を読んでいた。

「ユリアはどうしてそんなに落ち着いてられるんさ。」

少しだけ震えた声でラビは言った。窓から差し込む光が強く本のページと反射して、眩しさのあまり私は移動してから答えた。

「ブックマンは、話は聞いてくれる人だから、きっと大丈夫かなって」

ブックマンは職業柄人の話をよく聞く人だと思っている。
奇抜な見た目だけれど近寄りがたくは感じない。それはブックマンの持つ、人への寄り添いかたがそうさせているのかもしれない。傍観者とあって、深くは踏み込まないし感情移入しない。彼の中では線引きがしっかりしてあって、それ以上立ち入ることは許さない。しかし線のギリギリまでは彼は私たちに寄り添おうとしてくれている。

ラビの人との付き合い方に対して厳しいのは、ラビが自分の中での線引きをしっかりしていないからじゃないだろうかって。そう思うのだ。
前もそう。ラビがしっかり線引きしていないままに、深く関わろうとしたからブックマンは私達を離した。
今ではそう思える。ブックマンはラビのことを一生懸命考えているからこその行動だったと。

「まあ・・・・話を聞く前に蹴りいれてくるんさけどね。」

そういえば、そういう躾は厳しかったなと以前の記録地でのことを思い出す。

「段々激しさが増してきて・・・それが怖いんさ。」

ああ・・・と私は声を洩らす。それほどブックマンの技を磨かせるほど悪いことをしてきたというのかこの赤髪は。
少しだけ自業自得な気がした。

そのときだった。

「こんなところにおったのか馬鹿もん!」

いつの間にか目の前のラビが吹っ飛んでいた。驚くべき速さでかすむようにしか見えなかった。かろうじて見えたのはブックマンの足がラビの頭にめり込んだ瞬間だけ。

「〜〜〜っ、いってえ!」

吹っ飛んだラビは壁にぶつかって背中を打っていた。しかしブックマンの攻撃のほうがよほど痛かったのか頭を抑え、吼えるように叫んだ。

「悪いの。勝手に入ってしまって。」

「い、いえ、大丈夫です。」

先ほど、人の頭を蹴り飛ばしたとは思えない落ち着きように戸惑う。

「やっぱり蹴るんさね!」

「当たり前だ馬鹿もん!わしのおらん間に何を勝手なことしとるんだ!」

「いい加減人蹴るのをやめろよ!」

「お前がいつまでたっても半人前だからけるんだ馬鹿もん!」

「馬鹿馬鹿いって、俺は馬鹿じゃないさ!」

売り言葉に買い言葉のようにしてラビが言い返したそのときだった。
ブックマンの表情が、ふっと消えた。外に全面的に押し出されていた熱い怒りが、内に圧縮されて冷たい怒りへと転じる。

「っ」

悪寒がして私が身震いしたのと、ブックマンが自分より身長のあるラビの胸倉をつかみ上げたのがほぼ同時だった。

「馬鹿だから馬鹿者ということの何がおかしい。」

氷の槍がラビを貫かんとする。

「己の役割を忘れたか。」

「んなわけっ」

氷の槍を弾き返そうとしたラビに平手打ちが炸裂した。

「甘く見るなよ。」

ブックマンの声がこの世のものと思えない。そのとき、まざまざとブックマンの中の境界線を見た気がした。

「われらは傍観者。傍観者が傍観者足りえるのは、対立するもののどちらにも肩入れせぬからだ。己の芯がしっかりせぬうちに、深みにはまってどうする。」

ブックマンの、胸倉にある手が離れる。少しだけ咳き込んで、自身の力で立ったラビの目はブックマンの一言一言に抗おうとしていた。

「じゃあ、どうしろっていうんさ。」

ラビが問う。いつの間にか外は薄暗くなり霧雨が降っていた。
どうしてこうも、ままならないのだろう。
人の心という移ろいやすいものを抱え、どうしようもできない気持ちに苦悩し、逃げ惑い、私たちはようやく向き合った。
だからといって、次へ簡単に進めるわけではなかったのだ。

「ならば、」

ブックマンの怜悧な言の刄は、優しげな響きを含みつつ、心を抉るような響きも含んで。

「咎落ちする危険性のあるユリア嬢を連れ、いつでも教団から逃げる覚悟があるか。」

「あるに決まって、」

「咎落ちの兆候が見えれば、ユリア嬢を手にかけ、命を奪う覚悟はあるか。」

「なっ・・・」

「わかっておるだろう。"咎落ち"は多くの命を消す。われらの命だって危険にさらされる。」

"咎落ち"。その言葉がブックマンの口から現れた瞬間、自分でも気がつかないうちに私はイノセンスを発動していた。

首から上、両腕の付け根が切断された白い体が脳裏に移る。切断された首の上の、宙には天使の輪が浮かび、首筋には十字架があった。腰から下は、ぐねぐねと曲がった管がある。AKUMAたちが群がり攻撃を加えているけれどもびくともしない強靭さだった。切断された両腕の断面らしきところから、白い光線が発せられる。巻き込まれたAKUMAは何十体、何百体と消し炭となっていく。相当なエネルギー量だった。
続いて目に映ったのは白い体の胸部だった。胸から上あたりだけが胸部から映えているような同系色の人がいる。髪の毛はなく、目からは血がこぼれ、目は憎しみがあるようにも見えたし、虚ろにも見えた。

"咎落ち"の姿だった。

「・・・・・今すぐとは言わん。だが、覚悟が決まるまでは互いに近づくことは許さん。」

ブックマンは私がイノセンスを発動していることに気づいていながらも何も言うことはしなかった。私がイノセンスを発動し終わるのを確認して、部屋を出て行った。

私とラビは、しばらく何も言うことができなかった。立ち尽くして、理解の追いつかない頭を必死に回転させて、何回もブックマンの言葉を再生した。イノセンスを通して見えた景色を何度も何度も見返した。

「・・・わ、たし、咎落ちするの・・・?」

かすれる声を、ラビに向ける。

「可能性の話さ。」

覇気のないラビの声に私の不安はいっそう増すばかりだった。


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