香る
「じゃあ、ユリアの初任務成功を祝してかんぱーい。」
かちん、かちん、とコップを軽く合わせて、大袈裟すぎだろうと俺たちは三人で小さく笑った。
リナリーとユリアと俺の三人で小さな小さなお祝いをすることにしたのだ。完全にホームの一員となった末の妹の初任務成功を祝う会。とはいっても、ユリアの食べるお菓子の量を見たいという約束と並行させたものだったが。
「にしても、俺らの背よりも高いさ。」
「いつかジェリーさんにはお菓子の家を作ってもらうつもりだよ。たぶんこれがあと5個くらいあったら作れると思うけど。」
「これ、どうやったら胃に収まるのよ。」
「さあ・・・・いつの間にか入ってるから。」
テーブルの上に乗せられたお菓子の量を三人で見上げた。ユリアは早く食べたくてうずうずしているのを表に出さないようにわざと淡々と俺らの感想に答えている。仕切りに手がそわそわしているからお見通しだ。
「ラビたちも食べる?」
「いや、おれは遠慮するさ」
「見てるだけでお腹いっぱいになれるから私も。」
「そう?」
「うん。」
そういうもんなのか、と首をかしげながらユリアはお菓子の山の一番上を取った。椅子を使って、やっと届くくらいだから大変だ。
一度にたくさん詰め込んで、もぐもぐと頬張るので、顔がおかしなことになっている。それさえも可愛らしい。
「リスみたいね。」
くすくす笑いながら、リナリーはユリアを見上げた。
ユリアは一気にごくりとお菓子を飲み込んで、一杯水を飲んだ。
「もう、からかわないでよ。」
「いやいや、可愛いって言ってるんさ。
「そうそう。」
むくれるユリアにからかいと本音の混じったことを言えば、彼女は顔を赤くした。
「だから、からかわないでって!」
もう、と言ってこちらに背を向けてモグモグと食べだしたユリア。俺とリナリーはクスクスと笑った。
じろりと、ユリアがこちらを睨む。それさえも面白くて、にんまりと俺とリナリーは笑った。
「完全にからかわれてるでしょこれ・・・」
今度は呆れたのかため息をつく彼女。くるくると感情が変わるなあと俺はなんとなく頭の片隅にその情報を書き加えた。
「あ、ラビ。」
上から声が降ってきた。
「なんさ?」
「任務先でね、ラビにあげたいもの見つけたの。後で部屋来て。」
「それってどんなん?」
「いやいや、それは見てのお楽しみってやつだよ。」
「えー、なんだろな。楽しみさ。」
ふふん、まあ楽しみにしてて。と言ったユリアは大人ないたずらっぽさを含んだ笑みを浮かべていた。
***
「どうぞ〜。」
導かれるままに、俺はユリアの部屋へと入った。お菓子の甘い匂いが部屋には漂っていた。
初めての彼女の部屋は飾りっけはあまりなく、どこか彼女の故郷を連想させて過去の甘い思い出の残像が横切る。あの嫌な感じがやってきた。嫌なものなはずなのにこの嫌な感じに最近慣れてしまおうとしている自分が少しだけ怖い。
「渡すだけ渡すのもいいけど、ちょっとだけお付き合いお願い致します。」
おどけて彼女は言う。いったい何なんだろうかと首をかしげたときに彼女が何かを持ってきた。
「これ、ずっと探してたの。」
彼女が持ってきたのは、果物だ。
「これ・・・」
「驚いた?前に、懐かしい、美味しいって教えてくれたでしょ。食べたいなーって私も思ってたの。」
俺は彼女の質問に戸惑いながら頷いた。
前に訪れたトルコあたりで食べたことのある果物だった。いつだったかユリアに一度だけ昔の話をした。戦争の話とかはしなかったけど、自分の昔の話をしたのは初めてだった気がする。
そんな前のことを、今まで全く忘れずに・・・。
途端に、抑えきれない熱情が溢れ出す。目頭が熱くなって、思わずぎゅっと目をつぶった。
「ラビ?」
俺のであって俺のじゃない名前を呼ぶ、ユリア。
嫌な感じが、俺を襲う。
本当の名前を、俺の本当の名前を呼んでほしいと、強く思った。
しかしそんなことはできるわけがない。俺は、ブックマンの後継者だ。本当の名前なんかずっと前に捨てたはずだった。
「ねえ、ラビ?どうしたの?」
隣から、彼女が俺を覗き込む。ようやく俺は目をあけた。透き通った純粋な瞳の彼女が目の前にいる。
その瞳と視線を絡めた瞬間に、俺の中の感情は大きく波立った。
もう、無我夢中だった。
「ら、ラビっ?」
俺は目から涙を流しながら彼女を抱きしめた。彼女の肩口に顔を埋め、華奢な体を強く抱く。
大きく波立つ心の水面も、警鐘を鳴らす自制心も、全て何処かへ行ってしまえと思った。
彼女をただただ、好きだという気持ちを噛み締めた。ブックマンという俺のしがらみを今だけは一切取っ払って。
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