香る纏う花の色 | ナノ

わらって、わらって

「・・・あ、もうすぐだ。」


あれからAKUMAが出現することもなく、資料を読みながらうつらうつらしていた時だった。窓をほんの少し開けていて、ふわっと花の良い香りがした。そのおかげで目を覚ました私は現在位置がどこなのかを資料の地図を広げて探した。すると、もうすぐ任務の場所につくではないか。

目の前の神田さんを見ると、おぉ・・・目を瞑ってる。腕を組み、俯き加減だった。日本人の剣士さんだというから、人前では眠らないと思っていた。それが、ここまで無防備に・・・。
まつげが長くてつやつやしてる。それにちょっと垂れた髪がリナリーさんよりも綺麗だ。無表情か睨むしか表情を見せないし、顔だってじっと見つめたことがなかったからわからなかったけれど、こうしてみると相当な美男子だ。かっこいい、というよりもなんだか清らかな美しさを感じる。もしこの顔で笑ったら、ラビが好きな私でさえときめいてしまいそう。
っていうか、本当に睫毛長い。触ってみたいと思うのはおかしいだろうか。でもせっかく寝てるんだしちょっっとだけ。

そっと人差し指を伸ばす。ゆっくり近づけて、睫毛を一度撫でるように触った。人差し指の腹が、逆にくすぐられたみたいにぞわわとした。ほぁぁ、という変な声がでかかったのをこらえる。なんだか不思議体験っぽい。

髪の毛のみならず艶やかだったまつげを堪能し、私は細く息を吐いた。

にしても、起きないなあ。
神田さんの眠りは相当深いようだった。この調子だったら夢は見ていないんだろう。
彼が寝ている間に列車はいい匂いのする花畑を通り過ぎ、町のなかへと踊り行く。ガタンガタンと揺れるさまはスキップしているようだった。

窓から入り込む匂いが都会の排気ガスの匂いに変わってしまったので窓を閉めた。
もうそろそろ降りる頃だろう。私は、神田さんの肩を揺すった。


「神田さん、もうすぐつきますよ。神田さん。」


「・・・」


「神田さーん、起きてくださーい。」


ゆさゆさと揺さぶるも、全くと言っていいほど反応がない。でもその割には腕はしっかりと組まれ、硬直していた。
何かがおかしい。至って普通の寝姿のようなのに、何かが引っかかった。
申し訳ないと思いつつも、危険な匂いがして私は心眼を発動した。神田さんの頭の中を見て、何も起こってなかったらいいけれど・・・

しかし彼の頭の中を見る前に異常な光景を私は見た。
神田さんの体を拘束し蠢く生き物がいる。
怪しい紫の湯気がしゅわしゅわと発せられ、私が触れようとすればさらに強く神田さんに結びつく。

この正体は、何?

そんな疑問を一旦隅へと押しやり、目の前のことに集中する。
どうやってこれを倒せばいいのか。今のところ体を拘束する以外、害はない。落ち着いて、真剣に対処だ。

切れるものがないかと私はあたりを探す。ぱっと目に入ったのは神田さんのイノセンス。六幻だ。発動しなければ、ただの刀として扱えるは、ず・・・
ごくりと唾を飲み込む。紫の怪物を刺激しないようそっと近寄った。神田さんの六幻をゆっくり取る。持ち上げるのさえ苦難な重さだ。

なんとか刀を抜き、刀身を出す。ぎらりと殺気すら放っているように感じる刀が、恐ろしいと初めて思った。

両手で柄を握って持ち上げる。ぷるぷると腕が震えて今にも手元が狂いそうだ。もしこれで神田さんを傷つけたら・・・私の中にある魂がぞわりと背筋を這い回った。
慎重に怪物に刃を当てた。もっと強く当てて引く。
ぶち、という音がなって私が怯えたのと、怪物が飛びかかろうとしたのは同時だった。


「きゃあ!」


神田さんから離れて私に飛びかかろうとした怪物は壁にべちゃりとひっつく。神田さんはぱちりと目を覚ました。


「くそ、あれはどこだ!」


あたりを見回す神田さん。見えているのは私だけだった。


「今壁にひっついてます・・・神田さんしゃがんで!」


私が答えた直後、怪物が神田さん目掛けてとぼうとした。神田さんに避けるよう言えば見えずとも私を信じてしゃがむ。今の神田さんは見えないから戦えない。


「神田さん、六幻をお借りします。」


ここは私がするしかない。六幻を両手で持つ私に神田さんは怒った。


「ふざけんな!それは俺のイノセンスだぞ!」


「発動しなければただの刀です!それなら私だって・・・危ない!」


神田さんを押しやって、咄嗟に彼の刀を怪物に向けた。先ほどは切れた怪物は六幻に絡みついただけで効果がない。私は刃を壁に押しつけ斬ろうとした。しかしなぜか切れない。


「どうしよう、切れない!」


「だから俺に返せ!それはAKUMAの部類だ、俺がイノセンスを発動すりゃいい!」


「でも、どうやってするんです?今刀に巻き付いてるんです。」


怪物は私の顔に攻撃をしようと伸びてくる。一生懸命体を離す。


「お前が俺の目になれ。」

「は、はい。でもどうすれば、」

「刀をはなしていい。いったんそいつを開放しろ。」

神田さんは急に落ち着いた声で私を諭すように言った。その声で私は落ち着くことができた。

「ちゃんと俺の目になれよ。」

そう言って神田さんは笑った。初めて見る、神田さんの笑顔だった。ときめくかなと思っていたけど、それよりもまえに温かい気持ちになった。

「じゃ、じゃあ行きますよ・・・いち、に、さん!」

ぱっ、と六幻を離す。暴れだす怪物が天井へと逃げた。

「六幻、発動。」

低く響く神田さんの声。真剣な声に惚けそうになったけれど慌てて私は怪物の位置を伝えた。

「右上の天井です!」

神田さんは迷わず切った。すぱっと天井が切れる。でもまだだ。逃げおおせた怪物は椅子のすみへと身を寄せる。

「そこの椅子の隅です!」

「くたばりやがれっ・・・!」

神田さんの華麗な一突きが中心を躊躇なく、残酷に、正確に、突き刺す。

怪物は、全て紫の湯気へと化し、消えた。

「いなくなりました・・・・なんだったんです、あれ。」

「さあな。」

手応えらしい手応えもなく、怪物は消えていったせいで、なんだかすっきりしなかった。

「あ、神田さん。」

「なんだよ。」

「ありがとうございました。」

「は?」

「神田さんが笑ったおかげで安心して刀を離すことができたんです。それに神田さんの笑顔は温かい気持ちになれます。・・・私はですけどね。」

私は笑った。たぶん、私が神田さんに見せた笑みで一番最上級だ。

神田さんがくれた温かみみたいに私も神田さんに温かいものが送れていたらいいと思う。


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