ぽとり、涙
「今回は比較的簡単な任務なんだけどね。まあ、ユリアくんの初任務だし。」
と、言いながらコムイさんは困ったとでも言いたいのか眉を下げた。
「どうせそんなところだと思ってたが、この任務だとこいつは足手まといだ。」
うっ、たしかに。と私はうつむく他ない。
今回の任務は、コムイさんに言わせると簡単、神田さんに言わせると足手まとい、だった。なんでも、AKUMAの出現率が高いとか。レベル1のAKUMAだそうだ。
「私、このイノセンスで戦うわけじゃないですもん・・・」
「それに、未来予知とかなんだとか、んなもん信用できねえしな。」
ぐさっ。
「そもそも、俺が戦ってる間にお前を誰が守んだよ。」
ぐさぐさっ。
「お前がいたら、俺の動きが鈍くなる。」
ぐさぐさぐさっ。
「ちょっと、神田くん、」
「それから、俺は他人に頼るようにはできてねえ。」
ぐさぐさぐさぐさっ!!
「言い過ぎじゃないですか神田さん!」
あまりにもけなされ過ぎると、人というのは落ち込んだ心が段々怒りを覚えてくるものらしい。椅子から勢い良く立ち上がった私を、神田さんが冷たく見下す。
「はっ、事実だ。」
「事実ですけど、傷つきます。」
人をけなす時ばかり饒舌だ。なんて人だ。
「そうだよ神田くん。」
と、そこにコムイさんが加わった。私に加勢してくれるようだ。
「ユリアくんの能力は、君次第で活かすことも殺すこともできるんだよ。デメリットばかりを挙げているけどね、一度メリットも探してみたらどうだい?」
「・・・足手まといなのには変わりねえだろ。」
「誰だって初任務はそうだよ。」
「・・・・・」
お、神田さんが、なんだか考え込んでいる。意外と人の話を聞くんだなあ。
「ちっ・・・わかった。」
不本意そうだったけれど、神田さんは承諾した。
「じゃあ、そういうことで。・・・いってらっしゃい。」
「い、行ってきます!」
「・・・・」
真剣な眼差しにどきりとしながら私は先に行ってしまう神田さんを追いかけた。
***
列車が揺れる。時折しゅぽー、という音があがる。
特に話すこともなく、私と神田さんは資料をぱらぱらめくっていた。
「すいません、神田さん。」
「なんだ。」
「AKUMAって、どんなものなんですか。私見たことないんです。」
神田さんは目をぱちくりとさせた。え、なに。
「AKUMAを知らねえのか。」
こっくりと私は頷く。神田さんのため息が深く溢れる。
「そんなに知りたきゃその"目"でみりゃいいだろ。」
説明が面倒なのか、神田様はそう吐き捨てて資料をまためくり始めた。知ってるんだぞホントは見てないこと。
「じゃあ、遠慮なく見させてもらおうかな。・・・神田さんの隅々まで?」
わざとらしくにやりと笑みを浮かべる私に神田さんは勝手にしろといわんばかりの知らんぷり。なんでこの人はこんなに私を苛つかせる天才なんだろう。
そう、ぷりぷりと頬を膨らませようとしたそのときだった。
ぱっ、と目の前にいろんな情景が映りこんだ。丸くてでもゴツくて、なんだかグロテスクな球体が、いち、に、さん・・・5体いる。空を浮かんで列車に向かって飛んでくる。そして、なにか筒のようなものがその車両に向かって―――。
「神田さん、外にAKUMAが来ます!」
「なんだと!?」
神田さんはすぐさま窓の外を見た。
「今見えたんです。丸くてゴツい感じのでしょう!?」
神田さんは違うとは言わなかった。たぶんこれは肯定なのだろう。じっと、外に目を凝らす。
「未来予知です。今は見えないけど!」
信じてほしい、と心の中で願った。
「・・・・わかった。」
神田さんは窓を開けて列車をよじ登る。やっぱり思うのだけど、神田さんは意外と自分が納得したことは素直に受け入れてくれる。それがじんわりうれしいと思った。
びゅうびゅうと風が吹き付ける外に私も顔を出す。待つこと2、3分で黒い点が5つ見えてきた。ぐんぐん大きくなっていく。
神田さんはイノセンスを発動させた。
AKUMAがきちんと細部まで見えるようになった瞬間、彼は界蟲一幻を放った。AKUMAが構える暇さえ与えず、一気にAKUMAを玉砕。これが、エクソシスト・・・かっこよくもあったし、少し恐ろしかったように思う。
と。
また情景が見えた。今度はずっとずっと上空。上から射撃してくる。長くつながる車両の一番前が吹き飛んだ。後列の車両が勢い良くぶつかって粉砕されていく。奴らは、列車を止める気なんだ。
私は自分のゴーレムに向かって半ば叫んだ。
《神田さん、次は上空です!AKUMAは列車を止めようとしています!》
窓の外から顔を出す。やはり、肉眼ではまだAKUMAは見えない。でも、撃ってくるなら射程距離内まで近づいてくるはずだ。待つしかない。
豆粒ほどの黒い点が、今度は3つ。丸くてゴツイ、レベル1だ。
やはり、どんどん近づいてくる。射程距離があるのだ。神田さんも彼のイノセンスの六幻の射程に入るまでじっと待った。
そして両者、射程距離に入った。早いのは神田さんだ。圧倒的な強さを象徴する落ち着いた物腰から、一瞬ぎらりと刃をむかせて界蟲一幻が放たれた。
AKUMAが破壊される。その残骸がパラパラと落ちていく。
私の目の前にも、ほんの少し降りかかろうとしていたので車内に体を引っ込めた。
AKUMAの面のようなものが目の前を過ぎた。
その瞬間見えたのは、その面から現れた一人の女性の姿だった。
彼女は安らかに微笑むと同時に一筋涙をこぼし、それから口元を動かした。
"ありがとう。"
そして彼女は消えていった。
びゅうびゅうと、風が車内に吹き込んでいる。くるくると変わる景色が、彼女がいたことを忘れたかのように彼女を置いてけぼりにしていく。
私はしばらく動けなかった。
AKUMAという人を殺戮する兵器に、人の魂のようなものがあったことが信じられなかった。AKUMAは悪いものなだけだと思っていたけれど、それだけじゃないのかも知れない。
「おい、何で窓開けっ放しにしてんだ。」
上から、戻ってきた神田さんが不機嫌そうに戻ってきた。
私は振り返って、へらりと笑った。
「すいません、すぐ閉めます。」
部屋の中はすっかり冷え切っていた。寒いと悪態をついた神田さんに、いい換気になったでしょと私はつんとすまして返した。むっとする神田さん。ざまあみろといわんばかりに私はにやりと笑みを浮かべた。
それからまた、私たちは資料を読んだふりをしたり、時々悪態をつきあったり。
ただ、私はずっと彼女のことが気にかかっていた。
彼女の涙は、なんだったのかと。
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