守りたい
死んでいく仲間たちの夢を見ながら、なまえはいつもうなされていた。
付き合うようになってから、どれくらいが立っただろうか。不意に、夜遅くに無性に会いたくなってノックもせずに訪れたなまえの部屋で俺は初めてあいつが涙を流しうなされる姿を見てしばらく呆然と立ち尽くした。うなされながら俺を何度も何度も呼ぶ声で我に返りようやく動き出した。それは夢の中で俺を呼ぶ声であった。早く現実に引き戻そうと無理矢理起こすように掻き抱き精一杯包み込む。あの時ほど自分の体格を恨めしく思ったことはない。なまえの冷たい手先が心の表れのようで全てを温かくしてやりたかったのに体格のせいで包み込むことは叶わなかった。
『あ、にき・・・?』
涙で濡れた瞳を開きながら縋るように存在を確かめたなまえはそれからわんわん号泣した。
長い時間を過ごしてきて、初めて見たなまえの姿だった。それに今まで気が付かなかった自分に少なからずショックを受けた。調査兵団に入る前のなまえが巨人を恐れ毎夜親を失くした寂しさと孤独でしくしく涙をこぼしていたことを知っていたのだから、こうなることは予期できたはずだったのに今の今まで気づけなかったことがショックだった。
『俺が死ぬわけがないだろうが。』
そう言ってより一層抱きしめたなまえの震える体は、今でも覚えている。
あの夜の日から職権を乱用して俺となまえを同室にした。いくら付きっているからと言ったってとエルヴィンからはもちろん咎められたが譲らなかった。血が繋がっていないが、俺となまえは兄貴と妹分なのだ。ゴロツキの頃からずっと、兄貴として妹を守るのは当然のことだったのだと言ってエルヴィンを黙らせた。
毎夜、俺はしっかりなまえを抱きしめて眠った。周りからはいろいろとうわさされたり夜聞き耳を立てにくるやつの気配もあった。しかし俺は一度たりともなまえにそのようなことはしていない。
なまえは今も、安心しきった表情で眠っていた。
この表情を見るといつも思う。この表情を守るために俺は生きねばならないと。そしてこの表情を見続けられるように俺はこいつを守るのだと。
そしてこのぬくもりを感じるたびに生きていると実感する。
なまえの温かな体温が、自分の身も心さえも温かくしてくれるたび生きているとわかる。
死んだ仲間を見送る日々。人類最強として看取る仲間たち。
普段の己の精神はどこへやらなまえを前にするともろく崩れ去ってしまいそうだった。しかしもろく崩れ去りそうだと感じるたびに生きていることが感じられる。
一人でいる強さより、誰かに寄り添うことで生まれる弱さの方を愛おしく思うようになった、などというとうざったらしいと自分でも思うがまさにそのとおりだった。
一生、自分は人類最強として一人で立つのだ、漠然とそうなるのだろうと感じる原因となった責任と孤独。
一緒に背負う必要なんてないはずなのにこいつは責任を共に背負い、孤独を癒やしてしまう。自分のことなど、そっちのけで。
だから守りたいと、そう思うのだ。
朝目が覚めるとなまえはまだ、すやすやと眠っていた。
窓から差し込む柔らかな朝の陽光が照らす顔は安らかでこの表情を見るともう二度と戦いに赴かせたくないと思う。ただ、自分の帰りを待っていてほしいと。
けれどそれはいくら願ったって叶わない。
そんなことをなまえは許さないからだ。戦うことをやめることが生きることをやめるに等しいと分かっているから。エレンの言う、家畜に成り下がることをよしとしないから。
だから俺はこいつを全てのものから守りたい。
兄貴としても、一人の男としても。
守りたい
(兄貴、おはよ。)
(ああ。よく眠れたか?)
(うん。)
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