進撃の巨人 | ナノ


会話と自由


人と話すのが好きではなくて、今まで、目立たないように目立たないように過ごしてきた私に、いつも話題の中心みたいなエレンが初めて声をかけてきたのは、調査兵団に入ることを志願した日だった。


「なあ、お前はどうして調査兵団に志願したんだ?」


同期の誰も、私に声をかけたりはしなかった。私は話しかけられないようそそくさと逃げていたし、そういう雰囲気も発していた。エレンが私に声を掛けたのはきっと、私が気を緩めてしまっていたせいだろう。
そのときの私はぼーっと空を見上げてしまっていた。


「は、え?」


自分に声をかけてくる人間がいたのが久しぶりで、私はだいぶ戸惑った。


「だから、どうして調査兵団に志願したんだって。」


エレンは私が話を聞いていないと思ったらしく、もう一度同じ質問を繰り返した。


「えっと・・・」


言い淀む私を、じっとエレンは待った。どうしてこんな、しかもほとんど初対面に近い人間に対して、そんな対応ができるのか、私にはわからなかった。大抵の人は『あ、言いたくないならいいんだけどさ』とかいって、すぐ切り上げるのに。


「すごく、異常な理由なんだけど。」


私は恐る恐る、下からエレンを見上げた。体を丸めていたせいもあったけれど、私がチビだったからだ。


「ああ、別にいいぜ。」


エレンはこともなげにいった。エレンからすれば、自分以上に激しい理由を持った奴がいるとは思えていないのかもしれない。
私はエレンを負かそうと思ったわけではなかったが(そもそも勝負はしていないし)、対抗心のようなものが少し芽生えて、エレンが促すまま理由をいった。


「10歳のとき・・・シガンシナ区で、超大型巨人や鎧の巨人が侵入したとき、」


「お前も、シガンシナ区出身だったのか。」


「あ、うん・・・」


「あ、悪い。それで?」


「混乱に乗じて、私、父親を殺したの。」


エレンが息を飲むのがわかった。それはそうだ。人殺しを目の前にしているのだ。


「すごく、すごく憎くて仕方がなかった。父親とも呼びたくないけど、私は今までその出来事を原動力にここまでやって来た。」


荒ぶる気持ちを押さえ込んで、私は続きを話す。どうして、初対面のエレンなんかに話しているのかわからなかった。このことを話したのは、エレンが初めてだった。


「父親を殺したとき、罪悪感を感じながら、私、高揚してたの。人一人殺しておきながら、私、自由になれたと思って、高揚してた。」


エレンをちらりと見ると、ばちりと目があって、そらされた。


「調査兵団が掲げるのは、自由の翼。私、またもう一度、自由が味わいたい。巨人を倒しても今度はもう罪悪感なんて感じない。自由を、自由だけを味わえる。だから、志願したの。」


言い切って、自分が少し軽くなった気がした。話すのが好きでない私がこんなに長く話をしたのは、これもまた初めてだった。細く息を吐くと、エレンが固まっているのにようやく気がついた。


「・・・あ、そういえば、私名前行ってなかった。なまえです。」


エレンの反応を確かめたくなくて、私は唐突に自己紹介をした。


「えっ・・・ああ、俺はエレン・イェーガー。」


「こんな話して、ごめんなさい。」


「いや、別に・・・」


「これからいろいろよろしく。じゃあ。」


「あ、おい!」


エレンが引き止めるように声をかけてくれた。私は、無視してそそくさと早歩きをする。
そのとき、急に、ふうっと力が抜けて、視界がどんどん中心へ向けて暗くなっていった。私はふらっと地面に倒れて、少しの間あまり体が動かせなかった。


「お、おい!」


エレンが私を揺すって、大丈夫かと声をかけてくれた。私は大丈夫だと言いたかったが口がうまく動かなくて、意識を失ったみたいに見えたらしい。多分、貧血のようなものだったのだろう。
私はそのとき、エレンにおぶわれるのがわかった。体にあったかさがじわじわと密着しているところから伝わって来て、自分の体がとても冷たくなっていたことがわかった。
初めて人に話したから、自分でも気づかないうちに緊張していたのかもしれない。後になってエレンが言うには、最後はもう、顔から血の気が失せていたそうだ。



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「おい、何考えてんだ?」


エレンに覗き込まれて、私ははっとした。
ミカサの次に実践で力を発揮すると評価を受け、私はリヴァイ班に編入された。今まで一度も喋ったことのない人たちに混じって、常日頃から、淡々と自分のするべきことを私はしている。どうやら私は、兵長から気が回るやつだとも判断されたらしかった。ただ単に、私は人と喋らない代わりに周りをよくみて空気を読むようにしているだけなのだが、そういうところをそう思われたらしい。


「えっと、別に何も。」


私はせっせと掃除を再開させた。今は掃除をしなければならなかった。


「そうか。なら別にいいけど、ちゃんと掃除しろよ。」


私はこくりと頷いて、丁寧に窓辺を拭いていく。
エレンだけだ。エレンだけが、私にこうやって声をかける。なんでかはわからない。でも、時々私はありがとうと言いたくなる。あの時エレンが話を聞いてくれたから。それを、なんともなかったみたいに振舞ってくれるから。

私は今、体に鎖一つ巻きついていない。自由だ。





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