戻るべき地獄
目を覚ましてからぼーっと過ごし丸一日過ぎてしまった。
夜、寝静まった部屋に虫の声が庭から聞こえる。
風流だ、と心安らぐ思いでいたが、ふと重大なことを思い出してしまった。
早く、主のもとに戻らねばならなかったということをだ。
昼間この部屋から見えていた綺麗な庭をのんきに愛でている場合ではなかったというのに。
私は自分の顔から血の気がうせていくのを感じた。
主は恐ろしいお方だ。約束を守らねば何をされるか分かったものじゃあない。
私は4日以内には戻ってくることができると主に言ってしまった。
数えてみるともう任務へと出かけて3日はたっている。帰るのに半日掛かるというのに今は体を怪我して走ることすらままならないような状態だ。
何とか間に合わせられればいいが。
私は急いで支度を始めた。
私は昨日あの男から渡された着替えの着物を着るとまずそれをびりびりと動きやすいように引きちぎった。
みたところとても上質な着物であったがこの際仕方がない。
そして破り捨てたものはそっと布団の中に押し込んで偽装をし、そろりそろりと城を抜け出した。
夜なので廊下などは見回りがたまに通るだけだ。
そのため城から抜け出すのは簡単だった。
それから私は道に迷いながらもなんとかあの私が死に掛けていた湖へたどり着きそこから何とか誰にも見つかることなく城へ帰った。
「・・・・遅れて申し訳ありません。任務は遂行いたしました。」
城へつき一応この格好を聞かれてはまずいと思ったので衣服を着替えてからすぐに主のもとへと向かった。
私には主と呼ばなければならない人物が数名いる。
いつも私に任務の命を下すのはロード様という主だった。
西洋の服を着こなした彼女はかわいらしくはあるが奥にとても暗い闇のようなものがあるのを私は知っている。
とても残忍な性格で平気でその手を血に汚すことのできる人物だった。
「柴乃、」
「っ・・・はい。」
主から怒りがひしひしと伝わってくる。
びくびくと怯えながら私はそのまま床を見つめ続けた。
「四日以内だったでしょぉ?」
「っ・・・申し訳ありませんっ・・・」
「どうして守れなかったのぉ?」
「・・・っ。」
切られた横腹を蹴りつけられ私は床へと倒れた。思わずうめき声がもれそうになったが下唇をかんで必死でこらえた。
主たちは人間をとても毛嫌いしている人間だ。
もともと主の一族は人という生物の中でも特別な血が流れているようで一部の人間には"ノア様"とあがめられている。
そのため彼らは自分たち以外の人間をごみのように扱ってきた。
強大で不思議な力を持つ彼らはこの日本の半分を制している。
もう半分は彼らに対抗しうる力を持つものたちが収めているようだ。
もう半分の国はこの国のように人間がごみとして扱われることはないのだという。
もう半分の国に憧れこの国を亡命するものもたくさんいるという話だ。
「約束はちゃんと守らなきゃぁ・・・ねぇ?」
もう半分の夢のような国に思いを馳せ、気を紛らわせていたがそれは主の声と頭を踏みつけられた感触で現実に引き戻された。
頭を鈍い痛みが襲う。それでも苦痛を声に出して訴えてはいけない。そんなことすればさらに酷い仕打ちが来るからだ。
「申し訳ありません・・・」
ただ私は踏みつけられようが何されようがただ"申し訳ありません"と謝るしかなかった。
アレからずっとなじられ暴力を振り続けられること30分。主の体力の限界が来たおかげで私は苦痛の時間から解放された。
蹴られ叩かれ殴られて体には毎度おなじみの痣が無数にできている。
まるで水の中にずっと沈められいるように此処は苦しい。
その水の中では浮かぶことなんてできずただ私は沈んでいくしかないのだ。
浮かぼうなんて思ったら最後、私は水底に沈められて光さえも拝むことができなくなってしまうだろう。
・・・・こんな世界でいつまで生き続けなくちゃいけないの。
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