此処にひとつの心臓があります | ナノ




世界はまだ終わらない


もう二度と目なんか覚ましたくなかったのに。

がばり。起き上がった私を貫いたのは痛みだった。


「っっっ!」


鋭い痛みに顔をしかめながら、あたりを見回す。私はどうやらどこかの一室にいるようで。

殺風景な部屋だというのが第一印象だった。しかしよくよく見てみると襖や障子、壁などとても上質なものが使ってある。

いったいこの部屋の主は誰なんだ、と思案しようとした時、また鋭い痛みが襲った。

考えこもうとするとき右腕を顎に持ってくる私の癖のせいだ。私は不覚にも右腕と右の脇腹を負傷してしまったのだった。



怪我をした部分を見ると同時に目に入ったのは白い肌着である。

袖を捲り上げてみるとご丁寧に治療され包帯が巻いてある。うっすらと見える淡い赤に、傷の深さを思い知った。


そしてその包帯はきちんとわき腹にもある。


その包帯を私はむしりとってしまいたかった。むしりとって、また自分で現れた傷口を抉って・・・・死んでしまいたかった。

それができなかったのは部屋の外から聞こえる、衣擦れの音と上品な足音が聞こえてきたからだ。

またしても死ぬ時期を失ったと舌打ちする暇も、何か凶器となるものを探す力もなかった。


静かだが、すばやく丁寧に上品に障子は開かれた。

相手を近づけまいと射殺さんばかりの目つきで睨む。

入ってきたのは女とも思わせるような容姿の整った美しい男だった。

その気品あふれる身のこなしと漆黒の瞳とさらさらな髪に目を奪われそうになる。

それでも私は無心を貫いて睨み続けた。


「・・・・助けてやった相手にその態度か?」


流れるような身のこなしで私の隣に座った男の開口一番の言葉はまとう上品さとはかけ離れたもののように思えた。

黙っていれば何もかも完璧である。が、その言葉遣いは無愛想で少し荒い。

むっと来たが、努めて冷静に私は男を突き放した。


「・・・・助けてくれと頼んだ覚えはないわ。私は、あの場所で・・・死んでしまいたかった。」


ふい、とそっぽを向くように顔を背ければ、「はっ、」と短くはっきり鼻で笑われた。


「なら、助けなければよかったな。」


「そうね。あなたは私を助けるべきじゃなかったわ。」


―――いつかあなたも私に殺されてしまう運命になるかもしれないのだから。

最後の一言は心のうちでとどめておく。

即答した私にあっけにとられたのか男は目を一瞬見開いた。


「・・・・本気で死にたかったようだな。」


「ええ。死にたかったわ。」


私の言葉に一つの迷いもないことにさらに男は驚いていた。

思わず嘲笑うように鼻で笑ったのは自分自身を笑ったからである。


「なぜ笑う。」


男は不快そうに顔をゆがめ私を睨んだ。私はまた嘲るように鼻で笑ってながす。


「"死にたい"という言葉が今の私にはするりと出てくるのが自分でも不思議だっただけよ。」


死にたいなんて、あの場所では口が裂けても言えることではなかった。

言えば、もしかしたら私の家族が危険にさらされてしまうかもしれない。そして私が人を殺め続ける理由がなくなってしまう。

私は私が人を殺める理由をこじつけでもいいから正当化させたかったのである。


「お前いくつだ。」


不意に、男が私に問うてきた。

その質問に何の意味があるのかは分からなかったが、ここでうそをついても意味はないので正直に答えておく。


「十七よ。」


「・・・・・・・」


正直に答えただけだというのにじとりと嘗め回すように見られ居心地が悪い。


「・・・・なに。」


思わず不快さを隠すこともなく剣のある口調で問えば率直な感想を述べられた。


「十七にしては線が細すぎるだろ、お前。」


「満足に食べ物を食べれない子なんてたくさんいるに決まっているでしょう。」


「それでも、だ。」


「・・・・・」


穢れを知らない瞳に見つめられるとどうしても後ろめたい気持ちが私の中で膨らんでいく。

私はどれだけ人を殺してきただろう、と。


私が初めて人を手にかけたのは、わずか十歳のときだった。

幼いころに忍としての素質を見出され物心つく前から地獄のような厳しい訓練を受けてきた。

毒を飲む訓練や、拷問に耐える訓練さえもした。

そのときは必死で生きたい、生きたいと願っていたものだ。

だが今ではどうだろう、私はあの時とは逆に死にたいと願っている。


「・・・・おい。」


不意によばれ私は意識を頭の中から頭の外の世界に意識を戻した。


「何を考えてた?」


にやりと何かたくらんでいるような目で覗き込まれる。

これだけの美形に覗き込まれれば世の女性はすべて卒倒だろう。

しかし私はこんな顔だけの野郎にだまされるような女ではなかった。


「・・・・別に何も。」


「可愛げがねぇ女だな。」


「お褒めの言葉ありがたく頂戴するわ。」


「・・・・・・・」


「残念だったようね。私は可愛げなんてものをあいにく持ち合わせてないの。」


男は私の取り乱したところでも見たかったのだろう。しかし私は冷静でいるということに関しては元から冷めた性格であるため得意である。

男は一瞬あっけに取られた表情をした後あからさまに不快な顔をした。



こうして男とのんきに会話をしているが、今私は行方不明の身となっていることであろう。

死ぬか戻るか―――この二択を私は決めなければならない。

だがもう死ぬという選択肢は私のには残っていなかった。

傷口が丁寧に治療された状態、そしてあの血でべっとりと汚れてしまったぼろぼろの衣服に着替えることができなかったら私は自分の死を偽装することがもうできないからだ。





私は、まだ生き続けなければならないらしい。


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