世界の鍵
まさか絶望の象徴から希望を見出すなんて思いもしなかった。
ロードが現れた瞬間、私は自分が世界の鍵だと称されていたことを思いだして、もしかしたらこの「世界」に対して私が何かできるのではと期待したのだ。
「おいおい、いくらなんでも早すぎだろお前。」
「邪魔しないからいいじゃーん。」
「え?邪魔しねぇの。」
「うん。でも僕は裏切者は自害するべきだと思うんだよね。」
ロードは、私が自害をすることで何かの業を断ち切ることができるとも言っていた。なんの業かはわからない。私が自害することで、一度ティキを神田様から引き離せられるなら私はすすんで自害をするだろう。
「えぇ?俺はなぶり殺す派なんだけど。」
「だめだよぉ。ね、アレン?」
ロードは私から離れて、アレン様へ飛びついた。アレン様は戸惑ったように彼女を見下ろす。
「僕ら、一度もあったことなんてないはず・・・」
「アレンの薄情者ー。まあ、しょうがないんだけど。」
すり寄って、アレン様の腕の中で落ち着くロードは、ティキの方に目線をやって、話を再開させた。
「咎落ちみたいにさぁ、裏切った奴は神が罰するんだよ。柴乃のイノセンスで、自分の心臓突き刺すとかよさそうじゃない?」
「まあ、それもありかもな。」
ロードは口元に手をあて、ふふふと笑った。
「咎落ち・・・」
アレン様がつぶやく。その響きに何か覚えでもあるのだろうか。
「そうだよアレン。ス―マンのこと、アレンはすっごく悲しかったよね?」
アレン様はそのとき、頭を押さえた。痛そうだ。ロードがアレン様のことを心配するように頬へ手を伸ばす。
「かわいそうなアレン。思い出すこともできないなんて。」
「つーかロード、自分のイノセンスで自分なんて傷つけられるのかよ。」
アレン様とロードの様子を見飽きたティキが話を元に戻す。
「もちろんだよ。特に柴乃は。」
下唇に指をかわいらしく当て、ロードは土足で部屋を歩き回り始める。
「で、ティッキーどうなの?柴乃の自害には賛成?」
「イノセンスで刺すっつーんなら、いいんじゃね?」
「じゃあけってーい。」
ロードはそういうとすぐに私に抱き着いて、そのまま私を押し倒した。ティキの顔を間近で見つめるよりかはましだった。ティキの殺気がロードのお陰で薄れて、私は少なからず安堵していたのだ。
「これだね、柴乃のイノセンス。」
ロードは勝手気ままに私の懐をまさぐって、複数ある苦無の一つを正確にとりだした。一見したらなんの変哲もない苦無だ。私は今だに一度もイノセンスとして使ったことがなかった。それを手でもてあそび、ロードは私の上から退く。
「いい?柴乃はこれで、自分の心臓をぐっさり指すんだよぉ。イノセンスを発動させて、思いっきりね。」
ロードはわざわざ私の苦無に唇を乗せた。抗うように苦無から火花のような何かが散る。
「それじゃ、よろしく。」
はい、どうぞと渡された苦無を私は受けとった。ロードはとても無防備にくつろぎ、わくわくした様子で私を見つめている。私が反抗などできないと分かっていてのことだ。私はせめて、神田様とアレン様が生き延びることができる確証が欲しくて、口を開いた。
「・・・以前、私が『世界の鍵』だといった意味は・・・?」
世界の鍵。それが何かわかったら、神田様とアレン様だけでも助けられる糸口がつかめるかもしれない。私はそれを願って、ロードに聞いた。
「んー、どうせ死んでくれるだろうし・・・いっか。」
ロードはなんとも気軽な様子で決定し私のほうに笑みを向けた。
「まずねぇ、この世界はぜーんぶ嘘。柴乃が、というか柴乃のイノセンスが作り上げた、嘘の世界なの。僕はね、ここと本当の世界を行き来できるから知ってる。今、本当の世界は完全に時を止めてしまっている。」
ロード以外のその場にいる全員が眉をひそめた。突拍子もない話についていけなかったのだ。
「嘘の世界って・・・何言ってんのロード。」
「みんな信じれないよねぇ。もうずっと、繰り返してるんだもん。」
繰り返すことがロードの言う「業」という言葉に関係しているのはすぐにわかった。気がついたような顔を私がしていたのか、ロードがニヤリと笑って、そうだよぉ、と私の頬を撫でた。手を顔に伸ばされて、反射的に体がこわばる。数々の暴力の過去が脳裏に過ぎったからだった。
そのとき同時に、違う映像が流れてきた。空を背景にしたティキの至近距離の顔。ノア国にいたとき、いつも恐怖いっぱいで見つめていた顔だ。しかし今まで、外でティキと会ったことなどなかった。まったく身に覚えのない景色だったのだ。
「僕が言っていた業はね、同じ時代、同じ世界を何度も何度も生まれた時から死ぬまでを繰り返し続けること。柴乃が死んだら、また最初に戻って、死ぬまでまたやり直し。僕は何回も柴乃を殺したけど、まだこの世界は終わってない。」
やれやれと肩をすくめるロード。
「やっと見つけたこの世界を壊す方法がこれ。イノセンスで、自害を選ぶってやつ。ほーんとめんどくさいんだからイノセンスって。元から柴乃の手元にあるわけじゃないし。壊そうにもどれ壊せばいいかわかんないしこの世界で壊しても所詮嘘だからまた再生するし。」
―神田様なんか・・・!!
ロードが話を進めるにしたがって、見たことのない景色や、私自身の声が耳の奥から聞こえてきた。さきほどのティキとの景色ように、私にはまるで身に覚えのないもので、私は戸惑うように頭を抑えた。
「あれぇ?柴乃思い出してきた?」
私が何かを思い出しかけているのを見て、ロードが嬉しそうにする。
「僕も手つだおーっと。」
そう言って、ロードは私と額を合わせた。私は戸惑う暇すらなく、暗闇へと落ちていくかのように吸い込まれ、次の瞬間には私は森の中にいた。
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